『6歳差は犯罪か否か』




――ピンポーン


『へい』
「俺だ、早く学校いくぞ」
『俺俺サギはお断りでィ。出直して来な』
「誰がサギだァァ!遅刻すっからさっさと出て来いバカ総悟!」


家は隣同士、付き合いは家族ぐるみ。
これはどこにでも有りがちな、平凡な家族間のちょっと変わった恋愛模様のお話。




小学五年生の土方十四郎は、同じ学校に通う一つ下の沖田総悟が家から出てくるのをじりじりしながら待っていた。
インターホンでの会話を終えて約五分。やっと玄関から総悟が顔を出した。
家が隣で幼稚園の頃から一緒にいるが、予定の時間通りに姿を現したことは一度たりともない。
その度に十四郎は苛々を募らせ、お決まりの台詞を言うのだ。

「遅ェ!」
「たった五分じゃねーですかィ。土方さんは心の狭い人だねィ」
「お前が広過ぎるんだろーが!」

そして総悟もまた、いつも同じ憎まれ口を叩く。
ルーズで無神経、減らない口に冷めた目。特に十四郎に対してはそれが人より酷いものだから、自分は本気で嫌われているんじゃなかろうかと悩むのが常だった。
だがそれでも今日まで一緒にいるのだから、そうではないと思いなおすことが出来る。
十四郎自身も総悟のことは苦手だが嫌いではなかった。

「ほらほら、早く行かないと遅刻ですぜ。まったく何やってんだ土方」
「お前ホンット殴ってやりてェ・・・!」

自分のことを棚に上げる総悟に青筋を立てる十四郎だったが、玄関の奥から聞こえてきた聞き慣れた声にハッとした顔を見せたかと思うと表情を一気に和らげた。

「総悟ー、忘れもんだぞ」
「銀時っ」
「おー十四郎。悪ィないつも」

現れたのは総悟の兄である銀時だった。
高校二年の銀時は総悟と異父兄弟で、姓も沖田ではなく坂田を名乗っている。
父親が違うということで色々と問題もあっただろうが、この兄弟の関係は上手くいっていると十四郎は思っている。
十四郎も両親を亡くし叔父にあたる近藤に引き取られたので訳有りという点では銀時や総悟と似ている。
だからこそ家族ぐるみで気が合うのかもしれないが。

「ほれ、算数の教科書」
「銀時もこれから学校か?」
「そー。お前らも気ィつけて行けよ」

総悟の頭にパコ、と教科書を当てて渡した後自転車を用意する銀時を見て十四郎は尋ねる。
いつも十四郎たちが学校に向かう時間には銀時はすでに家にいない。
どうやら今日は寝坊でもしたらしい銀時を見上げると、気をつけろという言葉と共に頭を軽く撫でられた。
十四郎は、こうして銀時に頭を撫でられるのが好きだった。
近藤が仕事の関係でいつも遅くなるため、十四郎はよく銀時の家に遊びに行く。
銀時は総悟の義兄であるが、十四郎にとっても本当の兄のような存在なのだ。

「じゃーまた後でな。今日もウチ来るんだろ?」
「行く」

十四郎が頷くと、銀時は満足げに笑ってその場を去った。
朝日を受けてキラキラと輝く銀髪を見送っていた十四郎だったが、このままじゃホントに遅刻ですぜ、という総悟の言葉で我に返り急いで学校に向かった。




「たでーま。銀さんのお帰りだよーっと」
「ぎん、おかえり!」

陽も沈みかけた頃、いつもと変わらぬ気だるい声が玄関から聞こえてテレビゲームをしていた十四郎は真っ先に飛んでいく。
その勢いのまま銀時の腰に抱きつくのも、いつものパターンだ。

「銀にぃ、おかえりなせェ」
「おう。総悟、今日は親父もお袋も帰ってこれねーからメシは出前な」

リビングからひょっこり顔を出した総悟も出迎えるが、銀時の言葉に頷くと同時に年不相応なしかめっ面を十四郎に向けた。

「いつまでそうやってるんでィ。土方さんは甘えたですねェ」
「っな、甘えてるわけじゃねェ!」
「だったら何ですかィ、外人じゃあるまいしスキンシップにしちゃやり過ぎな気がしますけどねィ」

総悟には口で勝てない十四郎は唇を噛んで必死に言い返すための言葉を探す。
十四郎が銀時といると総悟は何かと理由をつけてからかってくる。
元来プライドの高い十四郎はわざとだと分かっていながらもついつい面と向かって言い返してしまうのだ。

「はいはいそこまでー。喧嘩するほど仲がいいのは分かったから早く出前頼もうぜ。十四郎も食ってくだろ?」
「え、いいのか」
「実はお前んとこのゴリラにはもう許可とってあんだよ。総悟も、いいよな?」

話を聞いて一気に顔を綻ばせた十四郎が銀時を見上げると、総悟に同意を求めた銀時は何やら含み笑いを浮かべていた。

「土方さんがたかるのなんていつものことでさァ」

渋々といったように呟いてリビングに戻っていく総悟に、素直じゃねーな、と笑った銀時を不思議そうに見ても十四郎には何のことか分からなかった。


早めの夕食を終えソファでジャンプを読んでいると、ゲームで盛り上がっていた二人がこちらに近寄ってくる。

「銀にぃ、トランプやりませんかィ?」
「トランプぅ?・・・俺ァいいよ、二人でやってろ」

どうやらすっかりゲームに飽きたらしい二人はソファの前にあるテーブルにトランプを広げている。
いつもなら付き合ってやるところだが今はジャンプに集中していたかった銀時は不参加を表明してジャンプに目を落とす。
もともとどちらでも良かったのか二人はそれ以上言わず黙々とカードを交ぜ始めた。
数十分そうしていただろうか。隅々まで読み終えた銀時は盛大に欠伸をかまして首を鳴らす。
そして何とはなしに目の前で繰り広げられているババ抜きを眺めていると、あることに気付いた。
さっきから、十四郎が負け続けているのだ。
最初から見ていたわけではないから分からないが十四郎の表情は険しいままで、逆に総悟は余裕の笑み(ドSの笑みが正しいかもしれない)を浮かべている。

「(まさか総悟の奴、イカサマしてんじゃ・・・)」

我が弟ながら十分に有り得る話だったが観察しているうちにそうではないと分かって、逆に銀時は笑い出しそうになってしまった。
十四郎の表情が、分かりやす過ぎる。
総悟がババを抜き取ろうとすると険しかった顔が僅かに綻ぶのだ。
指が移動してしまうとムッとした表情に戻る。
総悟は楽しくて仕方ないのだろう、わざと焦らすような素振りを見せて表情の変化を見ている。

「(ありゃ勝てねーわ)」

心中で同情しながらも、コロコロと変わる表情が可愛くて仕方ない。
さすが兄弟といったところか銀時にもずっとあの表情の変化を見ていたいという気持ちが湧き上がる。
だがそこは兄としていかんだろうと自分に言い聞かせ、銀時は十四郎に助け舟を出すために立ち上がった。

「十四郎」
「っぎん、なんだよ」

背後に回った銀時は十四郎を足の間に挟みこむように座り声を落として囁く。
集中していて銀時に気付かなかったらしい十四郎はビク、と肩を震わせたあと非難の目で銀時を振り返った。

「お前分かりやす過ぎ。総悟がなに引いても表情変えんな」
「・・・俺そんなに顔に出てたか?」
「そらもうバッチリ。いいか、総悟が引こうとしても無表情を保て」
「わ、わかった」

ほんのりと紅く染まった頬でしっかり頷いた十四郎は総悟に視線を移す。
銀時もそちらに視線を遣ると総悟が思い切り睨んでいた。いかにも余計なことしやがって、という顔である。

「総悟、勝負だ」

心なしか強気な十四郎がずい、と二枚のカードを差し出す。
カードはジョーカーとスペードの5。
総悟も今までとは違い真剣な顔で二枚のカードと対峙した。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

少しの沈黙のあと、総悟が勢いよく引いたのはジョーカーだった。

「よっしゃ!」

初めて総悟にジョーカーを引かせた十四郎は小さくガッツポーズする。
さあ、ここからが運試し。十四郎以上にポーカーフェイスを保っている総悟からスペードを引かなければならない。
完全に傍観者の銀時は二枚のカードを睨むように凝視している十四郎を微笑ましいような気持ちで見ていた。

「・・・こっちだァァァ!」
「チッ・・・・・・」
「っやった、やったぞ銀時!総悟に勝った!」
「おめでとさん」

瞳を輝かせて振り返る十四郎に銀時は満面の笑みを見せる。
人一倍負けず嫌いな彼はどんな勝負も全力だ。
そしてそのときの喜びようも、思わずこちらが笑顔になるくらい全力なのだ。
総悟もそれを分かっているから弄らずにはいられないらしい。
好きな子ほど弄りたい。典型的な意思の現れに、しかし十四郎が気付くことは未だない。
そのことは銀時にとっていろいろな意味で良いことであった。
勢いに乗った十四郎がもう一勝負挑んだので、今度こそ銀時も参戦することにした。




最近小学校で流行っている遊びが『缶蹴り』である。
十四郎と総悟も例に洩れず、放課後には他の生徒と一緒に素朴ながらも楽しい時間を過ごしていた。
ある放課後、十四郎と総悟は鬼を免れ隠れる側になった。

「いい場所があるんでさァ」

こっそりと耳打ちする総悟について行った先は校庭の隅に設置された用具倉庫。
体育の授業で使うサッカーボールや一輪車などが仕舞われている。
缶が置いてある場所から少し遠ざかってしまったが、容易に見つからないという点では十四郎にも最適な場所に思えた。
倉庫の中から鬼の様子を見ながら缶を蹴る機会を窺っていると、背後から気の抜けるような欠伸が聞こえてきて十四郎はため息を吐いた。

「お前やる気あんのかよ」
「そんな焦んなくても大丈夫でさァ。まだ始まったばっかですぜ」

缶蹴りは我慢が大切なんでさァ。と何故か尤もらしい答えを返されてしまって言葉に詰まる。
総悟のは我慢というよりただ怠けていると言ったほうが正しい気もするが十四郎はそこまでは言わなかった。
校庭から離れたこの場所は適度な静寂に包まれ酷く居心地がいい(少し埃臭いのが難点だが)。
朝会の日に出される朝礼台に腰掛ける総悟に習い十四郎も隣に座る。
一息つくと、じわじわと眠気が襲ってきた。
昨日総悟と遅くまでゲームをしたのがいけなかったか。
思った以上に白熱してしまい結局総悟の家に泊まったのだ。
真面目な十四郎は申し訳ないという気持ちが強かったが、さも当たり前のように自分の分の布団も敷いてくれていた銀時に気付いてそれも吹き飛んだ。
おやすみ。そう言って頭を撫でてくれる銀時に、十四郎は満面の笑みを零したのだった。

「なにニヤニヤしてんでィ、土方コノヤロー」
「あ?っしてねェよ!なんだニヤニヤって」
「無自覚でそんなアホ面曝してたんですかィ、恥ずかしいお人だ」
「てめ・・・・・・っ」
「どうせ銀にぃのこと考えてたんでしょ」

思い切り図星を指されて十四郎は目を丸くして総悟を見た。
なんというかコイツの観察眼は侮れない。
どうして分かってしまうのだろうか。そんな疑問が顔に出ていたのか、総悟は大袈裟にため息を吐いてごろんと仰向けに寝転がった。

「アンタ銀にぃと居るときはいつもそんな顔でさァ。俺といるときは怒るばっかりですけどねィ」
「・・・それはお前が怒らせるようなこと言うからだろ」

自分でも気付かなかった表情の変化を指摘されて十四郎は僅かに困惑する。
別に総悟が嫌いなわけではない。むしろ弟のようでついつい面倒を見てしまう。
総悟と遊んでいるときが一番楽しいし、この怒ったような顔は元からだ。
それが銀時を前にすると変わるというのはどういうことか。
銀時は兄のような存在で、普段はダラダラしていても総悟や自分のことをいつも考えていてくれているのを知っている。
それに何度も救われたし、近藤がいなくても寂しいと感じることはなかった。
もし銀時がいなかったら自分はこんな楽しい生活を送れてはいなかっただろう。
そういう意味で銀時は特別な存在だ。
この違いが総悟と銀時への接し方の違いに繋がっているのだろうか?
考えても、今の十四郎には分からなかった。

「なァ総悟、・・・・・・」

分からなかったので、取り敢えず自分は総悟のことを嫌っているわけではないということだけは伝えておこうと隣を見たのだが、当の本人はどこから出したのか愛用のアイマスクを掛けて既に惰眠を貪っていた。
もう缶蹴りに参加する気は毛程もないらしい。
清々しいほどのサボり方に最早起こす気にもなれず、十四郎も隣に寝そべる。
たしかに背中から伝わる金属のひんやりとした冷たさが気持ちよくて眠気を誘う。
少しだけなら、と自分を甘やかして、十四郎も浅い眠りへと落ちていった。




「遅いなアイツら・・・」

もう陽は完全に沈み放課後と呼ぶには遅い時間、銀時は自室の時計を見上げた。
いつもなら既に帰ってきている時間なのに、総悟と十四郎が帰宅する気配はない。
いままで無断で遅くなることなど無かったのに、銀時の胸に不安が過ぎる。
取り敢えず銀時は十四郎の同級生である山崎の家に電話を掛けてみることにした。

「・・・おう、ジミーか?銀時だけど、お前総悟と十四郎知らねェ?」
『山崎です。二人なら放課後一緒に缶蹴りしてたんですけど途中からいなくなっちゃったんで先に帰ったのかと思ってました。・・・いないんですか?』
「まだ帰ってきてねェ。・・・わかった、サンキューな」

受話器を置いてすぐ、銀時は家を飛び出して小学校に向かった。
小学校と家との距離は十分もない。この間に連れ去られるということはないだろう(しかも二人同時には難しいはずだ)。
だとすれば小学校にいると考えるのが妥当だ。
帰ってこられない理由は分からないがとにかく無事でいてくれと、走りながら銀時は祈った。

そのころ十四郎は総悟に起こされ今の状況を聞き青褪めていた。

「開かない?」
「どうやら結構眠ってたらしくて、外から鍵が掛けられてるんでさァ。先生は俺らに気付かなかったみたいですねィ」
「・・・マジかよ」

慌てて扉を横に引いてみるもガシャガシャと音がするだけで開く気配はない。
どうして扉を閉める音に気付けなかったのだろうか。
自分の失態に十四郎は頭を抱えたくなった。
このまま朝までなんて御免だ。それ以上に近藤や銀時が心配するに決まっている。
原因はうたた寝という羞恥極まりないものなのに捜索願など出されて大げさになったらどうしよう。
総悟は自分より幼い。自分がしっかりしなければ。

「総悟、取り敢えず大声出せ。もしかしたら見回りのおっさんが気付いてくれるかもしれねェ」
「わかりやした」

二人で扉を叩きながら叫び助けを求めてみる。
小学校には泊りがけで警備員が配属されている。
定期的に巡回もしているはずだから運が良ければ見つけてくれるだろう。
しかし、いくらやってみても人が来る気配はない。
鉄の扉を叩く手はジンジンと痛み、声も段々と掠れてくる。

「・・・ダメですねェ。朝まで待つしかないんじゃねーですかィ」
「くそ・・・っ」

家に帰らないなんて、今までしたことがない。
明日、近藤や総悟の親になんと言って謝ればいいのか。
明日になれば鍵は開く。これは絶対なので心配はないがやはり不安ではある。
時間を空けてからもう一度助けを求めてみるか、と十四郎が諦めかけた時、不意に外からガチャガチャと音が聞こえた。

「!?・・・・・・」

総悟も予想外のことに驚き扉を凝視している。
何も怖いことなど無いはずなのに相手の姿が見えないというだけで心臓は緊張に高鳴る。
鍵が開けられる音に次いで扉が横に動く。
外は既に闇に覆われていて相手を瞬時に判断することができない。
だが、扉の音に混じって耳に届いた聞き慣れた声に十四郎の胸は別の意味で高鳴った。

「十四郎!総悟!」
「ぎ、ん・・・?」

月の光を背後から受けてぼんやりと浮かび上がった銀髪が紛れもなく彼だと証明していた。
十四郎と目が合うと、銀時は安堵したように笑った。
乱れた息を整える銀時に駆け寄れば、クシャクシャと頭を撫でられた。
ホッとするのと同時に十四郎は何故か泣きそうになり熱くなる目頭に慌てた。

「なんで・・・」
「ん?学校まで捜しに来たら物置から声がしたから警備のおっさんに鍵借りてきたんだよ。なんだってこんな所に閉じ込められたんだ?」

呆れたように、だが馬鹿にした様子はない銀時の言葉に己の失態を思い出して十四郎は唇を噛む。
だが今まで黙っていた総悟がしれっと言い放った言葉にはすかさずツッこんだ。

「土方さんが居眠りしてる間に鍵を閉められたんでさァ。こんな所で寝ちまうなんて、全くしっかりしてくれよ土方」
「先に寝たのお前ェェェ!」

全くコイツには不安とか迷惑をかけたとかそういう感情はないのか。
元はと言えば総悟が元凶だというのに。
業とらしく耳を塞いで夜なんだから静かにしてくだせェ、とのたまう総悟に本気で飛び蹴りでも食らわせてやろうかと思いかけたとき、銀時ののんびりとした声がそれを遮る。

「まー強がりはその辺にしとけや。お前だってちょっとは不安だったんだろ、総悟」
「え、」

不安?総悟が?
まさかとは思ったが総悟は拗ねたように銀時と十四郎から顔を背けた。
つまりは、図星ということか。

「もう大丈夫だ、兄ちゃんが来てやったから」
「・・・別に頼んでねーやィ」

頭を撫でる銀時の手から逃れるように頭を振る総悟を見ていたら、十四郎の怒りはどこかに消えていた。
強がっても総悟は自分より一つ下だ。朝には出られると分かっていてもやはり不安だったのだろう。
それを見破るなんて、銀時はやっぱり凄いと思う。

「十四郎、いつも総悟の我儘に付き合ってくれてありがとな」

急に話を振られてびっくりした十四郎は銀時を仰ぎ見る。
少し腰を屈めた銀時の顔が思ったよりも近くにあり思わず息を呑む。

「・・・別に、もう慣れた」

とくとくと早鐘を打つ心臓を誤魔化すようにぶっきらぼうに答えると、銀時は満足そうにそうか、と笑った。




幸い近藤も銀時たちの親も帰っていなかったのでこのことは三人だけの秘密ということになった。
銀時が作ってくれた夕食を食べ、風呂も使わせてもらう。
熱い湯船に浸かりながら、十四郎は銀時のことを考えていた。
正確に言えば、銀時に対する自分の気持ちについてだ。
今日の事件をきっかけに、自分が抱く想いに十四郎は戸惑っていた。
昔から銀時のことは好きだった。
何だかんだ言いながら面倒見はいいし、血の繋がっていない自分を総悟と対等の立場で扱ってくれる。
兄のような存在だった、今までは。そうだと、思っていた。
だがそれでは銀時を目の前にしたときの鼓動の跳ね上がりは何なのか。
至近距離に迫られると逃げたくなるような動悸が起きるのは何故なのか。
明らかに、兄と慕う者に抱くものではない。
では、この感情に名前をつけるとしたら、それは。

「すき・・・・・?」

口に出した途端、十四郎の顔が真っ赤に染まった。
そんな、何かの間違いだ。
だって、自分は男で、銀時も、男で。
本来好きというのは女の子に対し抱くものだ。
なのに、音に乗せた言葉は十四郎の胸にすとんと落ちてきて、他に当てはまる言葉が見つからない。

「ぎんときを、すき・・・」

もう一度、確かめるように音にしてみる。
そして今度こそ、十四郎は羞恥に身悶えた。


十四郎と入れ替わるようにして総悟が風呂場に消える。
テレビを見ている銀時の隣に腰を下ろすと、まだ濡れている髪を撫でられた。

「あったまったか?」
「ん」

頷けば、銀時は良かったなと笑った。
十四郎が風呂に入っている間に近藤から連絡があったらしく、あと15分ほどで着くということだった。
わかったと返事をしながら、十四郎は時間がないと覚悟を決める。
自覚したからには、全力で。
銀時に気付かれない程度に深呼吸して、十四郎は銀時に向き直った。

「銀時」
「んー?」

テレビから自分に視線が移ったことを確認して、言葉を続ける。

「今日は・・・ありがとな」
「あぁ、気にすんなって。誰が悪いわけでもねーんだからよ。ただ閉じ込められた理由がちっとマヌケだっただけだろ」

からかうようにニヤリと笑う銀時に十四郎は少し恥ずかしくなって曖昧に笑う。
秘密にしようと言ってくれたのは銀時だ。
十四郎と総悟の小さなプライドを守ろうと配慮してくれたのだと思うと、くすぐったいような気持ちが広がる。
それに後押しされて、十四郎の口からは自然と言葉が滑り落ちていた。

「でもそのマヌケな事件のおかげで俺、銀時が好きだって気付いたんだ」
「・・・・・・・・・え?」

目を丸くして呆けた表情をする銀時にやはりこの感情はおかしいのかと落ち込む。
それでも、気付いてしまったのだから仕方ない。

「だから、これからは銀時に好きになってもらうように頑張るから」
「ちょ、十四郎?」
「覚悟しとけよ」

最後は堪えきれなくなって挑発的な言い方をしてしまったが、タイミングよく鳴ったチャイムを理由にして、十四郎は玄関へと走った。
明日からどんな顔をして会えばいいのか分からなかったが、意外とすっきりした気持ちに十四郎は笑んだ。


そのころリビングではさっきまでと全く変わらない表情で呆ける銀時の姿があった。
じわじわと十四郎の言葉が現実味を帯びて脳内に入り込んでくる。
それに呼応するように上がっていく口角を抑えきれずに、銀時を手のひらで口元を覆った。

「覚悟って・・・そんなんしなくても最初から・・・」

俺はお前のことが好きだよ。
そう言ったら、あの子はどんな顔をするのだろうか。
自分と同じように目を丸くして、可愛い顔を真っ赤にするかもしれない。

「・・・やべ、勃った」

思わず想像してしまい即座に反応した己の分身に焦る。

「変態か、俺は・・・・・・」

もしくはロリコンか。
一人悶々とする銀時を余所に、十四郎を迎えに来た近藤の豪快な笑い声が玄関から響いた。

十四郎の願いが叶う日は、そう遠くない。












-fin-

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