ゆがむくうかん

□笑った顔も怒った顔も泣いた顔も全部好きなんだ
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入部した時から、ずっと気になる奴がいた。
小さいくせに人一倍プライドが高くて、弱い所なんて絶対に見せなくて。
そのくせ体つきは折れそうなくらい細くて、本当にサッカーやってるのかと思う。
これで天才のFWなんだから、世界というか人間はよくわからない。
女みたいな顔立ちと、これまた女みたいなさらさらした髪で。
道を歩いていたらそこらの男がナンパして来るんじゃないかって思う。

「佐久間」

「なんだよ、何か用か」

「いや、呼んでみただけだ」

「用がないなら話しかけるな。お前と仲良くするいわれも必要性もない」

…まあ、こういった気難しい奴だ。
心からの笑顔なんて見た事がない。
そりゃそうだ、プライドの高いこいつがそんな無防備な姿を他人に見せるわけがない。
――ただ一人を覗いては。

「…鬼道さん!」

突然、佐久間はその特徴的なドレッドとゴーグルが視界に入った瞬間、嬉しそうな声を上げてそっちに走っていった。
―――そうだ、佐久間はあいつには犬みたいになついてるんだった。

天才ゲームメーカー・鬼道有人。俺の友人だ。
佐久間はそいつによほど心酔しているらしく、他の奴には見せない顔もそいつには見せた。
二人の仲がいいのを微笑ましく思う反面、少し複雑に思う自分がいた。

(……なんで、だろう)

この気持ちは、なんだ。
苦しくて胸が締め付けられるような。

「源田先輩ー」

考えていると、後ろから名前を呼ばれた。
ヘッドホンからいつものように音を漏らしながら歩いてくるのは、後輩の成神だった。

「シュート練習付き合って下サイ」

「あ、ああ」

正体不明の感情を胸にかかえたまま、俺は佐久間とは反対方向にあるグラウンドに足を運んだ。

(なんだよ、これは)

あいつの事は気になる。だけどそれは友情とか、親愛とかじゃない、と思う。
だったら。
なんだっていうんだ。

(………っくそ、)



結局その日は、ろくに練習に集中できなかった。
何やってんですか先輩、と成神に呆れられ、罰としてボールの片付けと部室の掃除を言い付けられた。ちくしょう。
他の奴は練習が終わるとすぐに帰ってしまったから、実質それらを一人でこなす羽目になった。

グラウンドに乱雑に転がされた大量のボールの回収と専用の篭への収納、部室の掃き掃除とモップがけが終わる頃には、既にあたりは暗くなり始めていた。

(これで全部…か)

ユニフォームを脱いで制服に着替えて、部室から出る。少し歩いた所、

バン。

何かが、何か(おそらくは体育館の壁だろう)にぶつかる音が聞こえた。
一度じゃない。二度も、三度も。断続的に。
最初はまだ他の部の奴が練習してるんだろうと思った。
だけどそこ近づくにつれ、長い時間そうして練習していたのか聞こえる息づかい(まさか、)と、

疲れきってるくせに、まだボールを蹴り続ける、

佐久間の姿、が。

「―――――」

普通なら、すごいやる気だな、とか思うかもしれない。
だけどそいつはもうどう見たって限界だった。
ボールを蹴る力は次第に弱くなっていくし、体だってもうふらふらだ。
到底練習を続けていいようには思えない。
見てられなくなって、俺は気づいた時にはそいつの名前を呼んでいた。

「――――佐久間!」

呼ばれて、振り向いたそいつの目は、本当に俺を見てるのかってくらい、焦点が合っていなかった(平たく言えば、虚ろだった)。

(なんて、痛々しい)

「……お前…なんで…」

「なんで、じゃない。体壊したらどうするんだ!」

もし、お前がそんな無理を続けてサッカーができなくなったら。
俺は、なんのために、

「うるさい…お前に――」

佐久間が何か言いかけたけど、最後まで聞く事はできなかった。
その前に、そいつの細い体がついに限界を迎えて、ぐらりと揺れ――

「………ッ!」

俺は佐久間がコンクリートの地面に頭を打つ前に、駆け寄って抱き止めた。
小さい。そして細い。
離れた位置から見るよりも、ずっと。

(なんで、ここまで)

お前は、十分強いじゃないか―――
考えて、俺は昼間の光景を思い浮かべた。
鬼道に犬みたいについてまわる佐久間、だ。
そうか、こいつはよほど憧れていたらしい。
鬼道の後ろを付いて歩くより、隣に並びたかったんだろう。
体を壊してでも。
あの他人に興味をもたない佐久間が。

『用がないなら話しかけるな。お前と仲良くするいわれも必要性もない』

昼間の俺に対する佐久間のそっけない台詞が思いうかぶ。
そのたび胸がちりちりと痛んだ。

(だから、なんなんだよ、これは)

でも、それよりも、今はこいつの介抱が先だ。
ベッドに寝かせようにも今の時間では保健室が開いてるはずもなく―――

(…仕方ない、俺の家に…とりあえず、は)

俺は佐久間を抱き抱えて、(意外と軽かった)自宅へと徒歩で向かった。





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