鰤二次文(短編)

□†甘い暑気払い
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「明日の夜、見せてもらおう。」
「えっ?」
「緋真自慢の舞の事だ。元々、私に見せるつもりだったのだからよかろう?但し、練習は無しだ。また倒れては困る。」
白哉の言葉に緋真は少し迷う様子だったが、意を決すると白哉を真っ直ぐに見て答えた。
「・・・分かりました。きっと白哉様にご満足頂けるものをお見せします。」

緋真の答えに一つ頷いてから白哉はおもむろに口を開いた。
「では先に褒美を取らせよう・・・丁度良い頃合いだ。」

先程の緋真付きの侍女が膳を一つ持って入ってきた。
白哉の指示で二人の間に膳を置くと速やかに下がる。

なんとも涼しげな硝子の器と匙。

緋真が思わず覗き込んだ器の中には・・・たくさんの半透明の四角いものと黒くて丸いもの。

「みつ豆、ですか?」
予想外の品の登場に緋真は驚いた。

「暑気あたりならば冷たいものを食すのもよかろう。午から何も口にしていないようだから、先程指示して甘味処の品を作らせた。」

早く食べてみろ、と白哉が勧める。
それは、緋真だけが知るいつもと変わらない白哉。

そもそも白哉は怒っていた訳ではなく、先程の苦言も緋真の身を案じた結果なのだ。

「ありがとうございます。」
緋真は白哉の優しさに涙が零れそうだった。

いただきます、と挨拶をしてから膳に手を伸ばしかけた緋真の目の前で白哉が匙と器を取り上げた。

「あの、白哉様?」

「緋真に無理をさせた詫びをしたい。だから、私がこれを緋真に『食べさせてやろう』と思う。」
涼しい顔でそう言ってのけると、器のみつ豆を一匙掬って緋真の口元に持っていく。

一瞬目が点になった緋真は我に返ると顔を真っ赤にして困惑した。
「白哉様にそんな事・・・困ります!」
「以前、私が臥せった時には同じ事をされたが?」
「あれは!あの時は白哉様はご病気でしたもの・・・。」
「それなら同じ状況だから構わぬだろう?」
「私ならもう治りました!」

押し問答は暫く続いたが、
「・・・腕が疲れる。」
しびれを切らせた白哉は、『お詫び』だというのに半ば強引に匙を緋真に向ける。
こうなったら白哉は絶対に退かない。

“こういう時の白哉様は初めてお逢いした少年の頃と同じですね”
そう思うと結局逆らえない緋真は諦めて白哉からの『ご褒美』を受けることにした。

緋真は恥ずかしさを押し込めて口を開く。
一方の白哉も慣れない手つきで匙を運ぶ。
二人の間に一時走った緊張感は、匙が口の中に無事に入った瞬間に解ける。

と、口の中に伝わる寒天の冷たさに緋真は思わず目を瞑った。

「どうだ、美味いか?」
白哉が訊ねると、それを聞いた緋真は思わず“くすっ”と笑う。
「なんだ?」
突然笑われた白哉は眉をひそめた。

「以前、白哉様から金平糖を戴いた時の事を思い出しました。」
緋真の話に白哉も続ける。
「忘れもしない・・・甘い菓子など二度と食べぬと私はあの時誓ったのだ。だが、緋真は幸せそうな顔をしていたな。で、味は?」
「はい、甘くて美味しいです。」
本当は緋真の嬉しそうな表情を見れば答えを聞くまでもないのだが。

「そうか。」
そう言って緋真を見つめる白哉の眼差しこそ甘やかだ。
冷たいみつ豆を食べているのに、緋真はまた熱が上がりそうになった。

甘い物を口にする時の緋真の顔を白哉は気に入っている。
だから、何度も言ってしまう。

「まだ食べられるか?」

白哉に優しい口調でそう訊ねられる度に緋真は頷いて一口もらう。
白哉の嬉しそうな顔をまた見たくて。


ここは朽木家の一番奥、当主の私室。
誰かに見られる気遣いは、全く無い。


fin


 
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