鰤二次文(短編)

□†I'm by your side.
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翌日、予定通り夜明け前に白哉は出立した。

「緋真様、よろしいですか?」
清家が声を掛けてきた時、緋真は白哉の部屋の花を活け終わったところだった。
「はい、何か?」
「緋真様に急ぎ料地へお出ましになるようにと白哉様からの遣いが参りました。すでに輿を待たせております。」
「えっ、私は同席できない決まりのはず・・・どうかなさったのでしょうか?」
不安げに呟く緋真に清家が先を促す。
「お務めは既に終わっている刻限ですのでおそらく別のご用でございますよ。さ、お急ぎを」

理由も解らないまま輿に乗せられた緋真が着いたのは流魂街第二区。
乗り物から降りた緋真の目の前には水田が広がっていた。その全てが朽木家の料地である。
まだ田植え前の田には水が張られているだけだ。

「緋真。」
白哉が声を掛けた。
「白哉様、お務めはお済みになったのですか?」
「ああ、しばらく前に終わった。」
先に戻るように目配せされた従者達は一礼すると一斉に引き揚げた。
当主の命は絶対である。
緋真が側にいるので迅速さが些か加速されているようだ。

その緋真はといえば、白哉の隣で目の前の水田を見つめていた。
瞬きさえ忘れて。

風のない水田の水面(みなも)はまるで鏡のように空の蒼を、雲の白を映し出している。
澄み渡る青空そのままに。

「どうだ?この景色を見せたくて呼んだのだ。」
「はい、とても綺麗です。心が洗われるようですね。」
その言葉も白哉に向ける笑顔もいつもと変わりはないが、白哉は何かを察して小さく溜息を吐いた。
「また余計な事を考えているのか?」
指摘された緋真は諦めて素直に白状する。
「白哉様・・・白哉様はいつもこうしてお気遣い下さるのに緋真には何一つお返しすることができません。それが申し訳なくて・・・」
白哉は俯き加減な緋真の髪を一撫でして口を開く。
「そうではない。私が緋真に返しているのだ。」
白哉の言に緋真は腑に落ちないと云うように小首を傾げる。
「いつでも私の隣にいてくれる礼だ。」
「そんな・・・当然の事ですもの。」

随分陽が高くなり、太陽の光を水面が反射するのを眩しそうに眺めていた緋真が白哉に話し掛けた。
「もし白哉様さえよろしければ、陽が落ちてからもう一度ここへ来ませんか?」
「何故?」
「今のこの景色はとても素晴らしいです。それなら水面に映る月夜も美しいと思うのです。」
緋真の誘いに異を唱えるはずもなく、白哉は緋真の手を取る。
「では月の出の頃再度参ろう。邸へ戻るぞ。午からは庭の散策の供をする約束だったな。」
「もう、白哉様!緋真は供などと申してはおりませんのに。」
白哉は自分の軽い揶揄に甘えるように文句を言う緋真の手を引き畦道を邸へ戻り始めた。


 
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