鰤二次文(短編)

□†追憶の月
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ルキアは自分の両の手のひらを見た。
あの時、自分に渡されていたのだ。
緋真姉様の心と・・・
「はい、私は緋真姉様の心を確かに受け取りました。そして・・・兄様の真心も一緒に。」
嬉しそうに言うルキアに白哉は何も言わなかった。
ただ静かに目を瞑った。
通り抜けていった風が紗(うすぎぬ)の端をふわりと舞い上げると、白哉は目を開いた。
「昔、戌吊で緋真と共に月を見た。それが緋真のもうひとつの願いだった。」
そう言いながら白哉は空を見上げた。
無論、月はない。
「緋真に逢わせてやる事は叶わぬが、代わりに緋真が見ていた月をお前に見せてやりたいと思っている。どうだ、ルキア?」
白哉は月のない空を見上げたまま独り言のように告げる。

ルキアは唐突に理解した。
兄様は『これ』を自分に伝えるために庭へ来たのだろう。
もちろん、自分がここへやって来る事を見越して。
兄様はこれまでも自分に心を配ってくださっていた。
ただ、それを自分に見せることはなかった。
なのに今日はその心配りを直接示してくださった。
・・・少しは兄様との距離が縮まったと自惚れても良いのだろうか?

「はい、ぜひ見てみたいと思います。あの・・・その時は兄様もご一緒してくださいますか?」
「無論だ。」
ルキアの言葉に返答はすぐにあった。
ルキアに目を向け、続けられた白哉の科白にルキアは満面の笑みをみせた。
「・・・久しぶりに本物の月が見られるな。」
心なしか白哉の表情にも嬉しさが漂っているように感じるルキアであった。

「ルキア、明日も早出だろう。勉学もほどほどにしておけ。」
いつもの口調で告げると、白哉は隊首羽織を翻し屋内に入るべく玄関へ向かっていった。
立ち上がったルキアは<六>の文字が浮かぶその背中へ「お先に失礼します、兄様。おやすみなさい。」と、お辞儀をした。
ルキアは白哉の姿が見えなくなるまで廊下で見送った。

ルキアは顔を上げ、その目に満月が映っているかのように雲の広がる夜空を見つめたまま語りかけた。
「三人でお月見が出来る日を楽しみにしております、姉様。」



fin
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