物置

□過去拍手小咄
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*2020年2月度掲載分*



《 乙女椿に寄せて 》



「これなあに、びゃっくん?」

目の前に差し出された物を見つめながらやちるは小首を傾げた。
無言のまま小さな巾着袋を持っているのは白哉。
一番隊舎で定例の隊首会が終わり、珍しく顔を見せた剣八は山本総隊長に居残りを命じられていた。
おそらくお目玉を喰らっているのだろう。
剣八を大扉の傍で待っていたやちるの許に部屋から出てきた白哉が赴いた、と云う場面だ。

「緋真からだ」

問われた白哉は漸く一言のみ発した。
普段の淡々とした口調に反して、今の一言には何かしらの感情が感じられた ――― 正確には、口に載せたその“名前”に。

「緋真ちゃんから?」

期待を込めて袋の口を開けたやちるの瞳は中身を見て嬉しさに輝いた。

「こんぺいとうだっ!!」

早速一粒取り出し口に入れる。

「おいしいっ!いつもとちがう味だね、びゃっくん」

やちるは口の中で金平糖を転がしながら、もう一粒を指先に摘まんで灯りに透かすようにかざした。
乳白色に淡い桃色が混じる優しい色合いの砂糖菓子が光を反している。

「今年当家で咲かせた椿に似せた金平糖だ」
「緋真ちゃんのために?」
「 … 」

やちるの問いに答える事無く、白哉はその場を後にした。
程無く、「やれやれ、やっと終わった」とぼやきながら剣八が部屋から現れた。

「何食ってんだ、やちる」

口をもぐもぐさせていたやちるは手に握る巾着を掲げた。

「あ、剣ちゃん!びゃっくんにもらったの」
「ああ?」
「正しくは緋真ちゃんから、かな?」

言い直したやちるだったが、少し考えて首を振った。

「ううん。やっぱりびゃっくんがくれたんだ」
「何言ってんだか分からねえな」
「剣ちゃんは分からなくていいよ…一つ食べる?」
「そんな甘ったりィ菓子なんざ要らねえよ ――― 行くぞ」
「うん!」

元気に返事をしながら剣八の肩に飛び乗ったやちるは金平糖の袋を眺めた。

『緋真からだ』

緋真ちゃんはきっとびゃっくんにはたのんでないよね。でも、びゃっくんはそう言ってこれをくれた ――― 話さなくてもふたりの心はつながっているから…

“私”と更木剣八が通じ合う日は来るのだろうか
乙女椿の花色に似た髪の下、剣八には未だ届かない声でやちるはそう呟く。



fin



“乙女椿”は椿の品種の一つで、園芸番組で見た瞬間に「緋真じゃん!」と思いました(笑)。
とても綺麗な淡いピンク色で、気品に満ちたお花です。
ちなみに金平糖は「いちごミルク味」でした。
と云う訳で、最初は勿論白緋のつもりで書いていたのですが、何故か兄様とやちるの絡みになっていました。
(白緋は日記小咄にて…)
本編ではやちるの正体がスッキリしなかったので未だにモヤモヤしているlokoです。
(^_^;)
 
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