物置
□過去拍手小咄・弐
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*2013年6月度掲載分*
《 面影 》
「緋真様、どうぞこちらへお掛けくださいませ」
緋真を案内した侍女頭は広間に置かれた腰掛けを示した。
「御方様、拝顔の栄に浴します」
部屋に入ると同時に隅に控えていた白髪に品良く髭を蓄えた理髪師が畳に額付いてそう挨拶をすると、緋真は柔らかな声を落とした。
「どうか顔をお上げください。本日はよろしくお願いします」
緋真が腰掛けるのを待ち、侍女頭は緋真の身体を滑らかな布で被った。
目の前に用意された鏡に緋真の姿が映る。朽木家に来てから髪の手入れは侍女頭がしてくれていたが鋏を入れた事は無く、少し長くなっていた。
「御方様、お髪は如何様に致しましょう」
身支度を整えた理髪師が一礼して緋真の傍に立つとそう訊ねた。
「そうですね…」
そう云えば、ずっとこうだったわ ――― 白哉様はどんな髪型がお好みなのかしら?貴族のお家柄なのだから余り短くない方が良いのかもしれないわ。これからは少し伸ばした方が ―――
「あ…ごめんなさい。お待たせしていますね、私」
「一向に。どうぞご熟慮くださいますよう」
理髪師の見せる柔和な笑みはどこか白哉のそれに似ていた。
「ありがとう ――― 今、決めました」
白哉様はきっとこの髪型をお気に召してくださっているわ…
「形はこのままで少し切り揃えてくださいますか」
「承りました」
理髪師は失礼致します、と一礼し、鋏を手に緋真の後ろに立った。
… … … …
「如何でございましょう、ルキア様」
理髪師に聞かれたルキアは暫く押し黙ったまま鏡の中の自分をじっと見つめる。
「…切り過ぎましたでしょうか」
不安げな声と鏡越しに認めた理髪師の蒼冷めた表情にルキアは慌てて振り向いた。
「済まぬ、違うのだ!仕上がりは私が頼んだ通りで間違い無い。ただ、私は髪をこんなに短くした事が無いので見慣れぬと言うか…お前はどう思う、ちよ?」
ルキアは部屋に控えていた自分付きの侍女“ちよ”に助けを求めた。
呼ばれたちよは鏡の横からルキアの顔を眺めると満面の笑みを見せた。
「とても良くお似合いです、ルキア様。死覇装をお召しになったらどんなにご立派なお姿か、ちよは明日が待ち遠しいです!」
「大袈裟だなあ…だが、ちよがそう言ってくれて安心した」
ルキアはもう一度理髪師を見上げた。
「誤解をさせて済まなかった。ありがとう、これで仕事を終えてくれ ――― どうかされたか?」
鏡に目を向けていた理髪師がルキアの声にハッと我に返った。
「とんだご無礼を。お心に適い、大変光栄でございます。では私は下がらせて頂きます」
丁寧にお辞儀をした理髪師をルキアが止めた。
「待て。何か言いたい事があるのではないのか?」
「いえ、そのような事は…」
「ちよの他に人は居らぬ。遠慮は無用だ」
ルキアの言葉に理髪師は躊躇いながらも口を開いた。
「ルキア様のお姿を拝見しておりますと御方様を思い出しましてございます」
「緋真姉様を?」
「はい…面差しは勿論でございますが、お心も同じように気高く大変良く似て居られまして失礼も顧みず懐かしんでしまいました。どうぞお許しくださいませ…これにて御前を罷ります」
深く頭を垂れた理髪師は道具を片付けると廊下で更に一礼して部屋を辞した。
ルキアはもう一度鏡を覗く。
『良く似合うわ、ルキア』
鏡の中の自分に姉がそう微笑む様子が重なって見える。
髪型は関係無かったのだ ――― 初めから
fin
美容院に居た時、松原先生が小説で書かれたルキアが髪を切った時の緋真好きには堪らなく嬉しい場面を思い出し、それと絡ませてみました。
兄様は緋真がどんな髪型になっても絶対に「似合う」と言うに決まっています。だって“緋真”ですから