物置

□過去拍手小咄・壱
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*2011年9月度掲載分*


 


《 晩夏呼秋 》



書見台に向かう白哉の脇で緋真は庭を眺めていた。
一昨日の雨が上がると、つい先日までの照りつけるような暑さが嘘のように去り、今日は陽射しが心地良く感じられた。

「緋真」

白哉が緋真を呼んだ。

「はい、白哉様。何か?」

緋真は白哉の方へ向き直る。

「栞は無いか?」
「いえ、生憎…」

読み掛けの書物を閉じようとした白哉は栞を求めたが、辺りにそれらしき物は見当たらない。

「そうか、ならばよい」

あ、と何かを思い付いたように両手を合わせた緋真。

「白哉様、少しお待ちくださいね。今、お持ちしますから!」

白哉が止めるのも聞かず廊下に出て行った緋真はすぐに戻ってきた。

「構わぬと言ったであろう…」

嘆息する白哉の前に座った緋真が笑みと共に両手を差し出した。

「よろしければこれを栞代わりにどうぞ」

緋真の掌に乗っていたのは緑から紅に変わり掛けた椛の葉。

「お庭の椛です。丁度、押し葉にしていましたから」

白哉は緋真の手の上からそれを取ると、葉の軸を持って指先でくるりと一回転させた。

「秋になるのか…」
「はい。お庭の椛も暫くすると真っ紅に染まりますね」

白哉は書見台に開いたままにしていた頁(ページ)へ椛の葉を置くとそっと本を閉じて立ち上がった。

「では、今のうちに緑色の椛を見ておこうか」
「白哉様…紅葉はお気に召しませんか?」
「そんな事は無い」

白哉が手を差し伸べた。

「無論、紅葉した椛も見る。落葉も、芽吹きもだ。その全てを緋真と共に、な」

緋真は白哉の言葉にはにかみながら、差し出された掌に自分の手を添えた。



fin 



今回の小咄は、お話は早めに書き終えたのですがタイトルがなかなか決まりませんでした。
そんな時に新聞記事でこの“晩夏呼秋”の文字を目にしました。
一般的な言葉なのかと思ったのですが、調べても出て来ないのでこの記事の方の造語なのでしょうか?
lokoにもこんな才能があれば…。
それにしてもlokoのネタ採取は新聞が多いですねぇ(笑)。
(^_^)v
 
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