物置

□過去拍手小咄・壱
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*2011年8月度掲載分*


 



《 蛍袋 》



夏とは云え、すっかり陽が落ちて辺りはとうに暗くなった頃。
隊舎から戻った白哉が自邸の門に一歩足を踏み入れようとした正にその時 ――― 迎えの挨拶をした門番の目の前でその当主の姿は突如掻き消えた。


「きゃっ!?」

息を飲むように小さな声を上げた緋真は、邸内を流れる川から数歩後退った。

「あっ!?」
その背中が何かにぶつかり再び声を上げる。
「何があった、緋真」

身体を受け止められた緋真が仰ぎ見ると白哉が間髪入れずに訊ねてきた。
門前で緋真の小さな悲鳴を聞きつけ、瞬歩で駆けつけたのだった。

「び、白哉様…あれを…」

白哉の腕の中で少し怯えたような緋真が川を指差した。
白哉がそちらに目を遣ると川縁にぼうっと微かな光が見えた。
緋真を置いた白哉はそこへ近寄った。

「緋真、大丈夫だ…来てみよ」

小走りに歩み寄った緋真は白哉の背中に隠れたまま、顔だけを出して光の場所を見た。
桔梗が咲いている。

「あら、そういえばここは…白哉様、桔梗が光っているのですか?」
「そこからでは遠いぞ。花の傍で見れば分かる」

言われた緋真は近づき、しゃがみ込んだ。

日中の暑さにすっかり俯いてしまった白い桔梗。
それが時折暗くなり、明るくなり、と明滅している。

「白哉様、中に何か居ます」

緋真が声を上げると光は動き、花を離れてフワフワと川の向こう岸へ移動して行った。

「蛍…だったの」

緋真は呆気に取られた。

「何処からか迷い込んだようだな」

白哉がその隣に並ぶ。

「珍しいな。緋真があんな物を怖がるとは思わなかった」
「違います。明かりの無い場所で急に光ったので少し驚いただけです」

恥ずかしそうな様子の緋真の愛らしさに、白哉は「そうか」と緋真の肩を抱き寄せた。

「でも…一匹だけここに居ては可哀想ですね」

葉陰で瞬く孤独な光を見ながら緋真が呟く。

「ならば…」
「白哉様 ――― 」

緋真が名を呼んだ時には、白哉は既に川向こうに立って「虫籠を持て」と邸の方へ指示を出していた。
白哉が橋を渡り緋真の許へ戻ると、目の細かい釣り鐘形の小さな籠が届いた。
白哉は手の中から籠へと蛍を移してやる。

「本当の“蛍袋”ですね」

籠の中で灯る光に緋真は笑みを浮かべた。
その花の盛りに緋真が撮った写真を白哉に見せたのは、つい昨日の事だった。

「このまま外の川へ放しに行くか」

「はい。ありがとうございます、白哉様」

白哉が緋真に籠を渡した。

「さあ、行きましょうね」

緋真が籠の中へ声を掛けると、蛍はそれに応えるように淡く光を放った。


fin



少し季節外れではありますが…。
緋真の前で蛍を採ってみせるびゃっくん。
瞬歩も冴え渡り、華麗に素手で捕まえました。
緋真の為ならこの程度の事はやってくれるでしょう(笑)。
写真のくだりは以前書いた短編の流れを汲んだものです。
朽木家に特別に渡された技術開発局の試作カメラ(デジカメ的なもの)の使い方を習った緋真は色んな写真を撮っていて、現像した写真をこのお話の前夜にびゃっくんに見せていたのですね。
「この写真は…」と一枚ずつ説明する緋真に相槌を打つびゃっくん。
うん、いいですよね
このお話の前夜および蛍を放しに行く場面を短編“今よりも、もっと”にて描いておりますので、よろしければそちらも併せてどうぞ!
(*^o^*)
 
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