物置

□過去拍手小咄・壱
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*2011年4月度掲載分*





《 名残りの花 》



見上げた先には陽の光を透した薄紅色の花弁が幾つか残っているばかり。
朽木家邸内の桜並木は花の季節を終えていた。

暖かな春の陽に包まれた静かで穏やかな庭に白哉は淡い紺地の着物姿で佇み、それらを見上げていた。

「満開の花を見られなかったのは久しぶりだな」

この五年間は緋真が知らせてくれていた事もあり、多忙な白哉も庭の四季を見逃す事は無かったのだ。

『私はただ白哉様とこうして桜を見られれば…毎年こうして見る事ができれば…それ以上は望みません ――― 』

そんな些細な望みももう叶えてやれぬ…せめて美しい桜を共に見てやりたかった…

はらり

僅かに残る花弁が風に乗って舞い落ちていく ―――

今はもう記憶の中にしか居ない妻の微笑みが浮んだ時に白哉は気付いた ――― 花がまばらに残るだけの枝のあちこちで芽吹き始めた淡い緑色に。

白哉は確信を持った。

“まだ私の隣に居てくれたのか、緋真”

お前の知らせ無しに、私があの芽吹きに気付く事など ――― あり得ぬ…


fin



緋真を失くしてすぐの桜の季節をイメージしています。
タイトルの“名残り”は『まだ(ここに)在る』との意味合いで使っております。
緋真は逝ってしまいましたが、白哉の中では妻としてずっと傍らに在り続ける筈ですから。
邸の至る所に緋真と過ごした記憶が残っているのでしょうから、兄様は辛い思いをしていたのでしょうね。
兄様の性格からして周りの誰にも気取らせる事は無かったと思うと余計に辛く感じますね。

 
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