物置

□過去拍手小咄・壱
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*2010年8月度掲載分*

 



《 薫風の行方 》

何処とも知れない街。
足下に星のごとく広がる街の灯を見渡せる上空に、不意に人影が現れた。

高所の風に吹かれるままに靡く紗。
漆黒の髪には月光を受けて白く光る髪留め。
目を惹く容貌と、凪いだ海のように静かでありながら威圧的な霊圧。
そして…感情を除した眼差し。
四大貴族の一、朽木家第二十八代当主朽木白哉。


「緋真…居るのか?」
その問いは誰かに向けたものではない。

たとえ緋真の魂魄が現世に還っているとしても…もうそれは白哉の愛した『緋真』ではないと解っている。
ましてや、適当に選んだこの街に『緋真』が居るわけでもない。
が、白哉は“報告”をするためにここへ来た。


「緋真…お前の妹を見つけ出した。願い通り私を『兄』と呼ばせている」

お前が実姉である事を隠したまま、義妹にどう接すれば良いかは未だに分からぬが。


尸魂界へと繋がる格子戸が現れると、“もう用は無い”とばかりに白哉は現世に背を向けた。

その時、向きを変えた風が地上から空へと白哉を掠めていった。

瞳に感情が揺れた。

沈丁花の薫りに。

『白哉様が隊首羽織をお召しになったらどんなにかお似合いでしょうね』
緋真の柔らかな声が響く。

今白哉が身に纏っているのは、遂に緋真が目にする事の無かった白い隊首羽織。

“やっぱり!とても素敵です、白哉様”

それが、己の紡いだ幻聴であると理解しながらも ―――
白哉は、足下に…現世に目を向けた ――― 緋真が愛して止まなかった優しい灰色の瞳を。

「ルキアはお前にとてもよく似ている…一目、見せてやりたかった」

思いを馳せるように一度瞳を閉じる。

「お前は我が妻として、終生、私の心と共に在る。だから…安心して新たな生を全うせよ」

そう、緋真は私と共に在る。
ならば心の外に向ける感情など ――― 要らぬ。


再び戸の奥へ向けられた瞳は美しくとも感情は無い…まるで目の前のものを映すだけの鏡のように。

白哉が進み入った戸はすぐに閉まり、消えた。

風は薫りを受け取る者を失い、現世の空に散って行った。



fin



隊首羽織の羽裏色、渾身の色塗りをしたのに…撮影したら、ただの黒!?

 
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