鰤二次文(長編)

□◇ 春宵 (しゅんしょう)
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「いらっしゃいませ、白哉様。さあ、どうぞ。」

いつも通り緋真に出迎えられた白哉は手に持っていた土産の包みを渡し、緋真からのお礼の言葉を聞きながら戸口をくぐると小さな住まいにあるたったひとつの部屋へ上がった。

白哉が粗末な卓の前に座るのを待って緋真は茶を置く。
湯気と共に立ち上る香気が使われた茶葉の上質さを物語っている。
それは月見の翌日、緋真の元を訪れた白哉が土産に持参したものだった。

白哉が出された茶に口をつけている横から、緋真は先程手渡された土産の菓子を小皿に入れて添える。
そして、緋真も自分の湯呑み茶碗と菓子を置いて白哉の向かい側に座った。

皿に入っているのがそれぞれ違う菓子なのは味の好みに合わせて。
初めは緋真のために甘味を持参していた白哉だが、緋真は自分一人だけ食べる訳にはいかないと白哉がいる間は頑として手を付けないため自分用にも求めるようにした。
今、目の前に出されている茶も緋真は一人の時に飲むことはないのだろう。

白哉が菓子に手を付けるのを見届けた緋真が「いただきます。」と言うと、ようやく会話が始まる。

この流れが最近の二人の日常となっていた。


「白哉様はいつもお仕事帰りにお立ち寄り下さっているのでしょうか?」
「何故そう思う?」
「お会いする時は死覇装を着ていらっしゃいますもの・・・私が『夕刻を過ぎてから』などと申し上げたせいでしょうか。」
「それは緋真の考え過ぎだ。死神は通常は死覇装姿でいる。」
「そうですか・・・それにしても“毎日”来て下さっていますが大丈夫なのですか?白哉様のお身体やお仕事に差し障りがあるのではないかと、とても気懸かりです。」
「この程度、私にとって大した距離ではない。それに死神が暇なら尸魂界も現世も平和だという証だ。良い事だと思わぬか?」

白哉が所属する隊では副隊長である白哉が隊長に進言し、『業務改革』と称して副隊長が行っていた仕事の中から当たり障りのないものを下位席官に割り振る作業が突如始められた。
早い話が白哉の雑務が減り、三席以下にその負担が移ったのだ。

「はい、白哉様のおっしゃる通りです。」
そんな裏事情を知るはずもない緋真は『平和』の単語に心底同意する。

緋真は控えめに『お立ち寄り』と表現したが、余程の事がない限り日常の全てが瀞霊廷内で事足りる死神が、わざわざ瀞霊廷から遠く離れた尸魂界の辺境へ足を延ばしているのは明らかに『仕事帰り』ではないだろう。
それ以前に、『毎日』来ている時点ですでに普通ではない。

もちろん、隊務その他に問題が生じている訳ではないが・・・

朽木家当主の判で押したような『定時上がり』は現在、護廷隊最大の関心事となっていた。
が、その原因について掴んだ者はまだ誰もいない。
理由を探ろうと尾行を試みた者は数知れないのだが、“瞬神”と呼ばれた四楓院夜一に幼少の頃様々な指導を受けていたと噂される朽木白哉の瞬歩に敵う死神はほとんどおらず、全員が途中で撒かれて失敗に終わっていた。

そんな世間の些事は当人の関知するところではないが、白哉は別の次元で戌吊への往復時は細心の注意を払っていた。
白哉が警戒しているのは護廷隊の好奇心ではなく、今この時点で緋真の存在が公になる事。
その結果、貴族社会から何らかの行動が起こること。
白哉は緋真をそれらに晒す事をこそ恐れている。


この笑顔を護りたい・・・

それ故に、私は姓を明かさぬ。
知れればその笑顔は愁いに変わるのだろう。


 
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