鰤二次文(長編)

□◇ 片想い
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「・・・早く着き過ぎたか・・・」
千本桜の荒れ地に着いた白哉は周辺の気配を探りながら呟いた。

約束は夕刻だが、まだ陽は高い。
技術開発局の予測通り、昨夜の雨が嘘のように空は晴れ渡っている。

*********

業務を済ませた白哉は後を隊員達に任せると、予定通り早い刻限に席を立った。


一昨日の朝、隊舎に着いたと同時に『朽木副隊長の早退願』が隊長に提出された事は、午前中には白哉以外の全ての隊員に知れ渡った。
隊務をおろそかにする事は有り得ない白哉だが、朽木家当主の立場上、休みを取る事は珍しくない。
その場合は理由が詳細に書き綴られた『休暇願』が提出される。
今回、隊舎中を驚愕させたのは書かれていた理由が『私事』というたった二文字であった事。
朽木白哉の『私事』など誰も想像出来ず誰もが真相を知りたかったのだが、隊長を始め本人に問うことのできる強者は誰もいなかった。


かくして、隊長に挨拶を済ませた白哉が部屋を去った瞬間に業務を中断した隊長以下隊員は、隊舎を出て行く白哉の後ろ姿を物陰から興味津々でコッソリ見送るにとどまった。

*********

白哉は彼方に見える自らの斬魄刀と同じ『千本桜』の名を冠する大木に目をやった。

卍解に挑む白哉をこの地へ導いたのは『千本桜』だ。
偶然とは思えない。
確かにそれもあり約束の刻限より早く来た。
そのはずなのだが・・・

桜も見たがっていた緋真のために向こうの状況を確認しておかなければ・・・と考えている自分に気付き溜め息をつく。

白哉は緋真に対する自らの想いは既に自覚している。

三日前、緋真に再会した時に、この想いが50年の月日によって作り上げられた幻想ではなかった事を確信した。

だが、自分の好意が一方的なものだという事も分かっている。
死神であり並ぶ者のない貴族である自分の好意など緋真にとっては迷惑なものかもしれない。
なにしろ白哉には緋真の気持ちが解らないのだから。

少年時代はともかく、長じてからも緋真を探さなかった理由はそこにあった。
朽木白哉とも思えない気弱さだが、それが心の枷となっていた。
そして、“これを片想いというのだろうな”などと白哉は考えていたのだ。


『私と一緒に月を観て下さいませんか?』

ふいに思い浮かんだ可憐な笑顔と柔らかな口調が、堂々巡りに陥りそうな思考を断ち切る。
自分と一緒に月を見たいと言ったのは当の緋真だ。
少なくとも嫌われている訳では無いだろう。


「行ってみるか。」
まだ時間はある。

荒野に散らばる岩石が地面に沈み込む事は無いと判断した白哉はそれを足場に大木へ向かった。


瀞霊廷一の貴族として生きる事は自分を押し殺し、周囲を欺く駆け引きが常だ。
白哉にとってそれは当たり前の事だった。
だからこそ、白哉は決めていた。
緋真に対してだけは自分を偽らない、と。


「これなら緋真を抱いて連れていけるな。」

足下の岩を確かめながら桜の下へ緋真を連れて行く方法を決めた。
緋真が自分に好意を持っていてくれる事を期待して。


fin
 
 

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