鰤二次文(長編)

□◇ お月見前夜
1ページ/2ページ

《お月見前夜の緋真》

「あっ・・・雨が・・・」
午後から雲行きは怪しかったのだが、夕刻になると雨が降り出した。
緋真は空から落ちてくる雨粒を手のひらに受けながら溜息をついた。
明日の天気を憂いてなのか、不安な気持ちの代弁なのか。

軽々しくあの高貴な死神と私的な約束を交わした事が大それた行いだと今更ながら気付いてしまったのだ。
「ご幼少の頃も心根のお優しい方だと思いましたが、今でもお変わりないのですね。」
自分の戯言で煩わせてしまうのに、そんな素振りを微塵も感じさせなかった。

それどころか・・・

『緋真』と呼んだ声が耳に蘇り、その時の微笑を思い出して鼓動が早まった。

それが鎮まるのを待って気持ちを切り替えた。

『びゃくや』がどういう字か確かめたい。
自分もきちんと名前を呼びたいと思ったから。

「そうだ、てるてる坊主を作りましょう!」

ハギレで作ったてるてる坊主を軒下に吊すと手を合わせて願った。
「明日は晴れにして下さい。そして『びゃくや』様とお月見ができますように。」


《お月見前夜の白哉》

日中、技術開発局を珍しい人物が訪れた。

阿近が対応する。
「朽木副隊長、ご用の向きは?」
「・・・明晩の尸魂界の天気を知りたい。」
「はぁ、天気ですか?」
部屋にいた局員の視線が白哉に集まる。
『朽木白哉』と『天気』の接点が思いつかない。
「観測結果から予測する事は可能ですが・・・どの辺りをご希望で?」
阿近は好奇心を抑えて訊ねる。
「戌づ・・・いや、尸魂界全域だ。」
「全域ですか・・・地図上に予測値を出す事なら出来ますよ。」
「それで構わぬ。」
阿近の指示で局員達が一斉に端末の操作を始めると、大画面に瀞霊廷を中心とした尸魂界の地図が表れ、そこに天気記号が書き込まれていく。
「お待たせしました。出来ましたよ。」
阿近が伝えると、白哉は早速視線を走らせた。
南流魂街『戌吊』へ。
気になる天気は、快晴。

確認し終えた白哉は部屋の局員達を一瞥すると「他言無用だ。」と告げ、踵を返し部屋から出ていった。

妙な緊張感から解放された阿近は出入口を見たまま呟いた。
「一体何だったんだ?」

******************

夜半に降り出した雨を白哉は邸の自室から眺めていた。

明日の業務は既に隊員に振り分けてあるので急務がない限り早退できる。
朽木家としての予定も入れていない。
心配なのは天気だけだが、おそらく大丈夫だろう。

「・・・眠れぬ。」
予想外だったのは自分が寝付けない事だった。

別れ際に『びゃくや様』と口にした緋真の声が耳に蘇る。
ふんわりと包み込むような安堵感とほんの少し乱される心。
もう一度聴けば・・・幾度も聴けば慣れるのだろうか?

その答えは時間が解決してくれるはずだ。
明日には再び緋真と逢えるのだから。


fin
→次ページあとがき
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ