鰤二次文(長編)

□◇ 現世行き直前、邸
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「白哉様。現世に向かわれたのでは?」

門番からの伝令で廊下を急いだ清家が玄関に着いた時、白哉は丁度草履の拵えを解き終えたところだった。

「穿界門の不具合で予定がずれた。これから改めて出立するが、その前に部屋へ参れ」
「はい」


 * * *


白哉は文箱から取り出した一枚の紙を廊下に立つ清家に渡した。
恭しく貰い受けた清家はサッと目を通してから口を開いた。

「…これは如何様に使われるおつもりでございましょう」
「何故だ」
「いえ…進物であればそれに合わせた仕立てをせねばなりませんので」

慇懃な態度で言う清家に白哉は瞳を向ける。

「言葉の裏が透けて見えるぞ清家 ――― 率直に問うてみたらどうだ」
「では、お言葉に甘えまして…これをどなたに渡されるおつもりでございますか」
「私がそれをお前に告げる必要があるのか?」
「次第に依って、あるいは」

一つの覚悟を決めた眼差しを白哉に向けた。

「ここひと月程は隊舎を早くお出になっているご様子にも拘わらずご帰邸は常に日を跨ぐ刻限。白哉様の侍従たる者、御身への心配りも務めの一つでございますれば…一体どちらへお立ち寄りになっておられるのでございましょう?」
「私の動向を逐一掴む事も侍従長の務めではないのか?」
「全く、白哉様の仰せの通り…お恥ずかしい限りでございます。近頃の白哉様はこれまでと違い行き先をお伝えにならぬまま姿をお晦ましになるので従者が後を付けなければならぬ始末ですが、何しろ白哉様に追従出来ますのが流魂街第ニ区辺りまで…それ以上は主に撒かれる体たらくでございました」
「成る程。私に後れを取る従者など何の役にも立つまい」
「如何にも。かく言う私も同様でございまして ――― 朽木家当主に仕える身でありながら、主にあるまじきお振る舞いをお諫め出来ませず…」

静かに交わされる論戦は徐々に核心へと向かう。

「四大貴族の一、朽木家のご当主であられる白哉様なればわざわざ流魂街へなど足を運ばれる事もありますまい」
「別室に山積みされた他家からの写真の事ならば手を付けるつもりは無い」
「それらにお目を通される事もまた当主としてのお務めかと存じます。いずれも美しく、朽木家に相応しいお家柄の者でございます」
「然したる興味も抱かぬ事に割く時間を私は持たぬ」
「では、流魂街へはどのようなご興味をお持ちなのでございましょう?」
「…私がわざわざ語って聴かせるとでも?」
「 ――― 白哉様が連日流魂街へ出向いておられる事は既に他家の知るところでございます。今のところ表立った動きは見受けられませんが、あらぬ憶測を生む行為はお控えくださるのがよろしいかと」
「この私に他家への配慮をせよと言うのか」
「いえ…朽木家の名を貶めぬ為のご配慮を、と申し上げております」

朽木家当主が流魂街へ日参していると云う事実だけでも貴族社会では立派な醜聞だが、白哉の行動が護廷隊の極秘任務の一環だとの考えが大勢を占めている現在は然程騒がれてはいない。何故なら、それがこれまで築き上げられてきた『朽木白哉』像から推測出来る唯一の理由だからだ。それは、白哉が一度たりともその『朽木白哉』像から外れる振る舞いをした事の無い証でもある。
そんな中、事実確認は出来無いながらも、白哉が流魂街の誰か ――― 特定の女の許へ通っているらしい事に清家は早くから気付いていた。それは常に白哉に従い、公私の管理を行っているが故だ。

「 ――― 恐れながら、白哉様の興がこの先も続くようであれば然るべき対処をする事も一つかと存じます」

今まで色恋に全く関心を示さなかった主の急変には長年仕えてきた清家も些か驚かされてはいる。
清家の知る限り、白哉に女の影が見えたのは今回が初めてだった。

掟を重んじ、規律に厳しい態度は周囲の者に留まらず、白哉自らにも向けられている。元々、幼少時から死神としての鍛錬に明け暮れて他への興味は向けない一直線なところがあり、頑なでどちらかと云えば人付き合いには長けていない事を傍に仕える者は以前から案じていた。
いずれは朽木家に相応しい名家の娘と縁を結ばなければならない当主の身。ここ最近の行動は決して褒められたものでは無いが、目を向ける気になったと云う意味としては悪く無い。
ただ、それが一時の遊びと雖も朽木家当主の相手が“流魂街の住人”では差し障りがある。
その相手を他家の養女にさせてはどうか、と清家は暗に進言したのだ ――― 朽木の名を持つ者に関わる事が許されるのは『貴族』だけ…たとえそれが形式だけだとしても。
面倒な役廻りだが、朽木家に目通り出来る数少ない機会なのだから喜んで引き受ける下級貴族は幾らでも居るだろう。

言葉にしなかった清家の真意が白哉には確実に伝わっている筈だ。常に朽木の名に恥じない行動を貫いて来たのは他ならぬ白哉本人なのだから。
清家は目線を白哉の足元に落とし、指示を待った。
 
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