鰤二次文(短編)

□†今よりも、もっと
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「緋真、何をしている?」

来客を終えた白哉は自室へ伸びる廊下を進んでいた。
既に落ちた陽が西の空の端を茜色に染め、東から夜の闇が徐々に空を包み込んでいく。
障子を開け放した緋真の部屋の前を通り掛かると、文机に向かう小さな背中が瞳に映った。

「白哉様」

振り向いた緋真越しに机上が見える。

「写真か」

緋真は一度机上に目を遣ってから白哉に答えた。

「はい。白哉様からお借りしたカメラで撮ったものです。今日、技術開発局の方が現像して届けてくださいましたの」
「見ても構わぬか?」
「ええ、どうぞ…私が撮ったとは思えない程きれいですよ」

緋真の側で団扇の風を送っていた侍女は白哉の為に座布団を敷くと、速やかに退室していった。
当主夫妻の私的な席に使用人は同席しない事が当代朽木家当主の妻帯時からの不文律となっている。

広がっていた写真をまとめた緋真は、それを隣に座った白哉に手渡した。
白哉が一枚ずつ眺める度に緋真がその時の様子を語り、白哉はそれに相槌を打ち言葉を交わす。
写真に収められているのは庭の景色や多様な植栽だ。

「これは良く撮れているな」

白哉がその中の一枚に目を止めた。

「ありがとうございます。それは“蛍袋”です…白哉様のお好きな桔梗の花の仲間だそうですよ」

緋真はそう説明すると微笑んだ。
他者には向けられる事の無い穏やかな瞳で、そんな緋真と写真とを交互に見る白哉。
夕餉を挟み、白哉の部屋へ場所を移した後もそれは続き、二人きりで過ごす夜は静かに更けていった…
 
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