鰤二次文(短編)

□†勝れる宝
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「白哉様、お願いがございます」
「何だ、改まって。申してみよ」
「現世で私が住んでいた地域には家族がその家の女児に雛人形を手作りして贈る風習がございました。それで…」
俯いた緋真の言葉はそこで途切れてしまった。
「清家に申し付けておく。必要な物は明日にでも伝えるがよい」
俯いたまま頭を下げる緋真の髪を白哉は優しく撫でた。
「緋真も雛を貰ったのか?」
「はい」
緋真の返事には現世への郷愁が漂っていた。
「それなら、尸魂界(こちら)では私が緋真に贈るとしよう…無論、私は作らぬが」
顔を上げた緋真は笑ってみせた。
「いいえ、緋真は白哉様から既に頂戴しております」
「私から?」
白哉が訊ねると緋真は横を見上げた。
朽木家に伝わる格調高い雛壇が鎮座している。
「白哉様はこの雛壇を私の為に飾って下さいましたもの。緋真はこのお雛様がとても ――― 」


…………………………………


ルキアは不可解に思っていた。
毎年欠かさず飾られている雛壇が今年は何度部屋を覗いても出されない。
朽木家の慣わしとして飾っていると白哉から聞かされていたが、ルキアは代々伝わってきたその雛壇を見るのを密かに楽しみにしていたのだ。
少し落胆はしたが、自分のものでもない雛壇が飾られていない理由を訊ねる事はどうにも憚られた。

「ルキア様、少しお時間を頂戴してもよろしゅうございますか」
「はい、清家殿」
自室のルキアに声を掛けたのは清家だった。
「白哉様から言い付かった事がございます。どうぞ、こちらへ」
ルキアは清家の後について廊下を進んだ。

「ここは…」
案内されたのはルキアがここ数日、何度も覗いていた雛壇専用の部屋。
やはりがらんとしたままの部屋の床の間に、昨日までは無かった筈の風呂敷包みが置かれていた。
「本当は白哉様自らルキア様へお渡しになるご予定でしたが、暫く隊舎詰めになられる為、本日ルキア様にお渡しするようご指示を受けました…さ、どうぞ中へ」
廊下から促す清家に従ってルキアは床の間の前に座った。
四角い物を包んでいる風呂敷は緋色地に朽木家の家紋が入っている。
ふとルキアが振り返った廊下には清家の姿は無かった。
床の間に向き直ったルキアは暫くの間、目の前の包みを見つめていた。
深呼吸をしてから包みを引き寄せたルキアは軽く目を見開く。
小柄なルキアの両手にも収まりそうな大きさを裏切る重厚さが伝わってきた。
それを持って立ち上がると、部屋の中央まで移動して再び座った。

「兄様から…一体何だろう ――― 」
慎重に結び目を一つ解き、二つ解いて広げた緋色の風呂敷の上に現れたのは美しい蒔絵を施した漆黒の小箱。
相当な品である事がすぐに分かった。
蓋の上面から箱の側面に掛けて一本の花木が繊細な金の蒔絵で描かれ、漆黒の漆が微細な細工を際立たせている。
その出来映えの見事さは、ルキアを暫しその世界に捉えてしまった程だ。
我に返ったルキアは蓋に手を掛けた。
優美な曲線仕上げの角が指先に心地良い。
持ち上げた蓋をそっと箱の横に置いた。
中には毛氈があり、取り出して開くと気持ち赤みを帯びた漆塗りの黒い板だった。
何かの台座らしく、塗りこそ一色であるが側面には細かな装飾が彫り込まれている。
艶やかな天板はまるで鏡のようにルキアの顔を映していた。
板を置き、再び中を覗くと外側と同じ塗りの底に小さな取っ手が見えた。
「二重底になっているのか」
ルキアが取っ手を摘まんで持ち上げてみると、中には柔らかな布が詰められていた。
「わぁっ…」
布を開いたルキアの口から思わず小さな歓声が上がった。

球形の男雛と女雛が丁寧に納められていた。

ルキアは女雛を取り出して手のひらに乗せてみた。
「綺麗だな…この着物、千代紙だ。人形は木で出来ているのか」

人形を眺めるルキアの瞳から涙が一すじ流れ落ちた。

朽木家が所有するに相応しい人形の箱に比べ、肝心の人形は丁寧な仕事ではあっても間違いなく素人の手によるものだ。
そんな不釣り合いな組み合わせを朽木白哉が認める理由はただ一つ。

「これをお作りになったのは…緋真姉様なのですね ――― 」

白哉がわざわざ手渡そうとしていた品だ。
それ以外考えられない。

その時、部屋に近付く足音が聞こえ、ルキアは慌てて涙を拭った。

「失礼します、ルキア様。雛はどちらに飾られますかな」
人形を飾る手伝いの為の侍女を伴った清家が少し距離を置いた位置から声を掛けた。

「清家殿。何故今年は雛壇を出していないのですか?」
思い切って訊ねたルキアの問いに清家は瞬時思案してから口を開いた。
「白哉様が今年から朽木家の雛飾りは不要だと仰いましたので。ルキア様はこちらの雛の方がお喜びになられる、と」

白哉の気持ちに思いを馳せてから一つ頷くと、ルキアは居住まいを正して清家に伝えた。

「清家殿、頼みがあります ――― 」

 
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