鰤二次文(短編)

□†雪の日
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「緋真様、ご覧下さい。雪が降ってまいりましたよ」
お付きの侍女の声に緋真は開けられた雪見障子から外を見た。
細かな粉雪が硝子越しの庭を白く霞ませていた。
「冷えると思ったらとうとう…酷くならなければ良いのですが…」
緋真がそう言う間に外気と部屋の温もりに晒された硝子はすぐに白く曇り庭も雪も見えなくなった。

出仕中の白哉を案じる緋真の願いも虚しく、空から落ちてくる雪は徐々に大きな綿のようになり静かに瀞霊廷に降り続いた。
雪の降っていた曇天が嘘のように太陽が顔を出したのは、瀞霊廷中が真っ白に染まった頃。

日暮れ前の日射しが白銀を眩しく照らす中、緋真はこっそりと庭へ下りた。
晴れ渡った空の下、空気は冷え切ったままだが邸の誰よりも寒さに強い流魂街出身の朽木家当主の妻には耐えられない程ではない。
何より庭の雪景色に気を惹かれ、じっとして居られなかった。
まだ誰も足を踏み入れていない庭はまるで別世界で、地面は隙間なく敷き詰められた真っ白な真綿を思わせた。
配置された木々や灯籠も綿帽子を被り、陽の光を受けて輝いている。
綿のようなその雪の上に第一歩を踏み出す瞬間の贅沢感に緋真の心は踊った。
積もったばかりの雪はまだ柔らかく、足元で軽く舞い上がる感触を楽しみながら暫く歩いた。
立ち止まって振り向いた緋真の後ろには足跡だけが点々と残された庭、そのまま邸を見上げると普段は山吹色の屋根が今は白一色になり奥まで続いている。
「きれい…」
甍がキラキラと光を反射して目に沁みるようだった。

流魂街にも雪は積もっているのかしら…

「本当にきれい…」

涙が溢れそうなのは…きっと雪が眩し過ぎる所為 ―――


普段とは違う静けさの中、ザザーッと云う音が一瞬だけ静寂を破った。
我に返った緋真が音の聞こえた方を見ると、白銀の世界の中にそこだけ笹の葉の緑色が鮮やかに浮かんでいた。
雪の上には共に落ちたらしい笹の葉が数枚散らばっている。

「 ――― そうだわ!」

着物の裾に気を付けながら、歩みに合わせてふわりと舞い上がるような新雪の中を笹の生い茂る一画に近付いた。

笹の脇にしゃがんだ緋真は葉蔭に周りの雪を集めて両手で押さえると小さな山を作り出した。


*******************


隊舎を早めに辞して邸の門をくぐった白哉は、ふと庭へ足を向けた。
建物の角を曲がろうとした時、真っ白な庭の向こうに緋真の後ろ姿を認めた白哉はその場で足を止めた。

“雪と…笹か”

白哉はフッと笑むと周囲に目を遣った。
視線を止めた先に雪を被った隙間から覗く求めていた朱い色を見つけ、緋真に気付かれないようにそこへ向かった。
朱い色へ手を伸ばし、小さな丸い実を二つ摘み取ると枝が揺れた。
その動きに積もっていた雪が静かに舞い落ちると千両の葉と朱い実が白銀の世界の中へ鮮やかに色を付けてみせた。

“足跡は笹垣へ一直線に伸びている。まだ『目』の材料は用意していないだろう…”

新雪の上に残る小さな足跡を辿りながら白哉は気配を消して緋真の方に近付いた。
少し離れた背後まで来ても緋真は一向に気付かない。

“さて、この実はいつ渡すべきか…”

懸命に雪の造形に没頭している愛らしい後ろ姿に、白哉はいつ自分に気付いて貰えるのかと考えながら緋真の作業を待つ事にした。


たまにはこんな息抜きも良いだろう ―――

 
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