鰤二次文(短編)

□†逢瀬
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「あー、まだ誰か残っていやがるのか?」

隊舎の奥へ続く廊下の先から微弱な霊圧を感じた恋次。
完全に隊士が居なくなることはないが、大晦日の今日は最低限の人員が隊舎門付近に残っている程度で本舎屋は無人の筈だ。
恋次は訝しく思い、奥へと足を進めた。

“この霊圧…隊長?”

普段の強大さからは考えられない程に抑えられていた霊圧に、ここまで近付かなければ誰のものか分からなかった。

白哉が中に居るのは分かったが、戸を開ける事はおろか、恋次には声を掛ける事すら憚られた。
何故なら、そこは隊長用の個室だったからだ。

「 ――― 恋次か…入れ」

躊躇う恋次に室内から声が掛かった。
白哉が恋次に気付かない事など有り得ない。
苦笑した恋次は戸を開けた。

「どうしたんです、先に帰った筈ですよね」
ほんの数刻前に隊舎を後にする白哉を見送ったばかりだ。
隊舎門から再度戻った様子は無かったが…。
失礼します、と挨拶をして恋次は一歩だけ中に入った。

隊長格には隊舎内に個室が与えられており、副隊長の恋次にも専用の部屋がある。
内装は各々個性的だが、六番隊隊長のそれはある意味一線を画していた。
何も置かれていない空間。
壁の一画に観音開きの扉があるだけだ。
白哉の他に入室するのは清掃をする隊士達くらいだが、そこに手を付ける者は皆無だった。
扉の中を見た者は居ないが、皆、何があるのかを薄々知っている。
そして、白哉以外の者がその扉に触れてはいけないと云う事も。



「お前に見つかるとはな」

白哉が自嘲気味に嘆息したその口元からは白い息が零れた。
暗く、底冷えのする室内には一本の蝋燭が点されているだけだった。

こんな刻限に、こんなに寒い部屋で人目を忍ぶように、瀞霊廷随一の貴族の当主が一体何をしているのか ――― ?


「お前になら見せてもよかろう」

白哉はまるで誰かに断りを入れるようにそう言いながら、開かれた観音扉の前から一歩横へ動いた。
此処に立て、と白哉が暗に告げている。
恋次はそれに従い白哉の居た位置に立つと扉の中を見た。

緋色地の打掛を羽織った女が目の前の恋次に微笑み掛けていた。

写真が収められている事を誰もが知っていながら、誰一人目にした事は無い『朽木緋真』の写真。

「年越しは此処で、と決めている」

誰にも、邸の者にも知られず、今尚愛している妻と二人切りの新年を迎える為に…此処で ―――

「すみません。俺…」
「恋次」
恋次の謝罪の言葉を白哉は続けさせなかった。
「明朝、私を迎えに邸まで来い」

年初めは全ての隊長格が打ち揃って一番隊隊舎で顔合わせをする。

「…明日ばかりはルキアも晴れ着姿だ。たとえお前だとしても、他者に見せられればルキアも着る甲斐があるだろう」

“一言多いよ、アンタは ”

「何か言ったか」
「いえ、何も。では明朝お伺いします…“お二人共”、良いお年を!」

白哉の声が掛からぬまま、恋次は一礼して部屋を辞した。

“見てる俺の方が辛いッスよ…隊長。なのに何でアンタはそんなに幸せそうな霊圧を纏っているんスか?”

写真の向こうから笑い掛ける緋真の視線の先に居るのは間違いなく白哉だ。
だから、白哉は五十年前と同じように写真の前に佇むのだろう ――― 緋真の視線の先にはいつでも白哉(じぶん)が居てやれるように。

“アンタは優し過ぎるよ”

自分が信頼を置いた者には…な。
緋真さん、ルキア…そして、一護…そんでもって俺もそん中に入ってりゃイイがな。

「ま、隊長には全面否定されそうだな」


恋次が隊舎門に近付くと門番の隊士が居住まいを直した。

「阿散井副隊長、お疲れ様です!」
「おう!もう隊舎には誰も居ねえからな。後、頼むぜ」
「はいっ!」

直立不動で見送る隊士の肩を軽く叩き、恋次は修兵達の待つ居酒屋へ急ぎ足で向かった。

もうすぐ、年が明ける ―――


fin
 → あとがき
 
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