鰤二次文(短編)

□†紅葉の庭
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部屋で机に向かっていた白哉が顔を上げ背後の廊下に意識を向ける。
部屋の前で歩みを止めた緋真が静かに膝を付いて話し掛けた。

「白哉様、少しご休憩なさいませんか?今日はとても良いお天気ですから是非お庭で。」

その声に誘われ、白哉は庭を臨む廊下へ出た。

秋晴れの庭。
常緑樹が大半を占める庭園の中で異なる色に目を留める。
真紅に染まった紅葉。

踏み石の上の草履を履いて先に庭へ下りた緋真が手を差し伸べた。
「白哉様、お手をどうぞ。」
緋真が笑顔で声を掛ける。

白哉は瞬時考え、苦笑と共に返事をした。
「案内を頼む、緋真。」

緋真の行動の意味はすぐに分かった。
先日朽木家所有の山へ紅葉狩りに出向いた折に緋真は一瞬迷子になった。
もっとも、それは緋真がそう感じただけで、実際は白哉がわざとそうなるように仕向け、陰で見守っていたのだが。
これは緋真の仕返しであり、同時にその時に交わした約束でもあるのだ。

白哉も庭へ下りると差し出されていた緋真の手を取った。
緋真は嬉しさを隠さず、頬を染めた笑みを返して白哉の手を遠慮がちに引いて歩き出した。

睦まじく並んで庭を歩くだけの些細な事を何物にも代え難い出来事のように楽しむ内に目的地に着いた。

「あざやかに色づいたな。」
山中に比べれば寒暖差は緩いはずの瀞霊廷内での紅葉の色を白哉が称える。


その紅葉の下の一画には緋毛氈が敷かれ簡単な茶席が設けられていた。
白哉は勧められるまま座ると頭上の紅葉を見上げた。

自分専用の庭ではあるが、日頃の白哉にはそこをゆっくりと眺める余暇は少なく、緋真のさり気ない知らせで庭の季節の移ろいを辛うじて目にする有り様であった。

「さあ、どうぞ。」
差し出された緋真の点てた茶に口を付ける。
「美味いな。」
一言告げ、残りを飲み干すと白哉は茶道具の脇へ座を移した。
「緋真程の手並みではないが・・・。」
そう言いながら慣れた手つきで自ら茶を点て、かしこまって待つ緋真の前に置いた。

「・・・頂戴します。」
茶碗を両手で押しいただき、緋真は丁寧に飲んだ。
「大変美味しゅうございます、白哉様。」
掛け値無しの緋真の挨拶に気を良くした白哉が今度は一度に二人分の茶を点て、庭を眺めながら共に一服する。


庭を巡るせせらぎ

鹿威しの遠鳴り

風が揺らす葉の囁き

静寂


「さて、部屋に戻る前に紅葉の周りを少し巡ろうか?」
「はい!」
白哉の誘いに嬉しげに返事をする緋真だったが差し出された白哉の手を怪訝そうに見つめた。

「この庭で緋真がはぐれぬように。」
白哉が笑う。

風が紅の葉を一枚、また一枚と落としていく。

「もう!白哉様が意地悪をなさらなければいくら緋真でもお庭で迷ったりいたしません!」
少し膨れ面を見せながら、緋真は白哉の大きな手を握りしめた。


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また、私は白哉様への恋心を募らせてしまう。
この想いはどこまで深くなるのでしょう・・・白哉様 ―――


 
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