鰤二次文(短編)

□†月兎(げっと)
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中秋。

朽木家の庭園で催される『観月の儀』は朽木家の年中行事の一つと定められており、瀞霊廷でも上位の家柄の貴族だけが招待される。
逆に云えば、呼ばれた家は上位貴族と認められている事を意味する。

彼らより一段高い位置にある四大貴族の桟敷の上座。
昨年までは空いていた朽木家当主の隣席に今年は人の姿があった。

朽木緋真。

朽木白哉の正妻。

瀞霊廷に住まう者ならば知っている。
貴族社会における女の最高位にいるのが元は最下層とも云うべき流魂街の住人であったと。

しかし、挨拶に来る招待客に当主の横で丁寧に挨拶を返す緋真からはその『身分』を量る事はできない。
その容姿を『月輪のよう』と謳われる朽木家当主の隣にあって見劣りしない器量、そして一朝一夕には身に付かないその気品は、皮肉な事に持って生まれたものとしか思えなかった。


晴天に恵まれたその晩の月は名月と呼ぶに相応しい美しさで、形式的な催しとは云えそれなりに盛り上がり、つつがなく終了した。



「緋真?」
白哉は邸内の川に架かる石橋に緋真を見つけた。
礼装から着替えて戻った白哉は、自室にいなかった緋真を探して庭に下りていた。

「白哉様。ほら、ご覧ください。まだ月があんなにきれいですよ。」
緋真が近付いてきた白哉に向けて嬉しそうに話し掛ける。

夜も更けており空気はかなり冷えている。
「ああ、そうだな。」
そう相づちを打ちながら、夜着の上に一枚羽織っている緋真の肩に白哉は後ろから自分の羽織を更に掛けた。
「風邪を引く。月を観たければ部屋から観ればよいだろう?」
緋真は首を横に振る。
「申し訳ありません、白哉様。でも、もう少しだけここで観ていたいのです。」
「・・・では私も付き合おう。」

羽織を掛けた手を緋真の肩に置いたまま、白哉は空を見上げた。
月は催事の時よりも落ち着いた光だが、まだ十分に美しさを保っている。


「緋真、今日は良くやってくれた。」
白哉が緋真に労いの言葉を掛けると、緋真はそれを否定するように確かめる。
「本当にそうお思いですか、白哉様?」
「無論だ。」

白哉は緋真が何を思っているのか知っている。
招待客のにこやかな挨拶の陰に潜む声。
貴族にとっては出自こそが重要なのだ―――緋真がいかに朽木家の人間として問題なく振る舞っていようとも。

「辛いか?」
「いいえ。私は平気です。」
肩に置かれた白哉の手に緋真は自分の手を重ねる。
その温もりを求めるように。
「大丈夫です・・・。」
目を閉じ頬を手に寄せて、自分に言い聞かせているように。


不意に緋真の体を自分の方へ向き直させるとそのまま腕の中に抱き込んだ。
突然の事に緋真は耳まで朱に染める。
その耳元へ白哉は優しく囁きかけた。
「言ったはずだな?ここでは泣いてよいと。」
まるで誘うように。

白哉の声に後押しされ、腕の中の緋真の身体が小刻みに震える。
白哉はそれを愛おしむように目を細めた。

「私は今日のお前の働きに満足している、緋真。」

その一言が緋真には最高の讃辞だった。

白哉はそれだけを伝えると後は静かに美しい月を見上げていた。
護るように抱きしめている緋真の代わりに。



「現世では月には兎が居ると言われているそうだな。」
緋真が落ち着いたのを見計らって白哉が静かに話し出す。
「昔、祖父から聞いた時にはくだらない絵空事だと思ったが・・・今日の月を観ればあるいはと私でも感じる。」

緋真が顔を上げた。
目元は赤いがいつもの笑顔に戻っている。

「はい。お月様の上でうさぎ達はお餅つきをしているんですよ。」
「・・・。」
せっかくの緋真の説明だったが、さすがにその話には付いていけない白哉だった。

返答に困った様子の白哉を可笑しそうに見やると話を変えた。

「白哉様・・・明日の月もきっときれいです。よろしければ二人でお月見をしましょう。」
「甘い月見団子とススキを飾ってか?」
それも祖父から聞いた知識だった。
「ええ。」
「では団子は遠慮しておこう。」
「残念ですね、ご一緒にと思いましたのに・・・諦めて白哉様には辛口の御酒を用意致します。」

白哉は緋真の肩を抱いたまま部屋へ導く。
「明日も兎が餅をつきたくなるような月夜だと良いな。」

緋真は聞き慣れない白哉の喩えに思わず足を止める。

「そんな事をおっしゃって・・・白哉様らしくありませんよ?」
緋真はクスクスと小さく笑った。

“・・・もう大丈夫”

「緋真、笑い過ぎだ。」
窘めながらも白哉は笑みを返し、緋真の髪にそっと口付けた。


fin
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