鰤二次文(短編)

□†あまのがわ
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現世に派遣されていた白哉が邸に戻ったのは三日後の夜更けだった。
出迎えたのは清家や夜勤の使用人達だけで緋真の姿はない。
清家から緋真は先に休んでいると聞きホッとする一方で、穏やかな笑顔に迎えられなかった事に多少の落胆を覚えずにはいられなかった。

ところが、白哉が身支度を整えて向かった自室の寝所に緋真の姿はなかった。しかも、休んでいた形跡もない。
自室を出た白哉は急ぎ緋真の部屋へ向かった。

障子は閉まっていたが明かりが点いている。
「緋真、入るぞ。」
白哉が声を掛けたが返事は無い。
静かに障子を引き中を覗くと、緋真は文机にうつ伏せて眠っていた。
自分の帰りを待っていた事は容易に想像できる。
白哉はあきれたように溜め息をつくが、その口元には笑みが洩れる。

「緋真。」と肩を揺すってみるが起きる気配はない。
と、机の上の短冊風の紙が目に入った。端に糸がついている。

『いつまでも 君の傍らにあらんことを』と書かれている。

白哉は現世に行った折に見掛けたものを思い出した。
確か、笹の枝にこれと同じような短冊がいくつも結わえてあった。
あれには・・・願い事が書かれていたのか。

もう一枚白紙の短冊が残されていた。
筆は片付けられているので書きかけと云う訳では無さそうだ。
気にはなったが、今の白哉には緋真を横にしてやる事が最優先だった。

白哉は緋真をそっと抱き上げたが起きる様子はなく、そのまま寝所へ運んでいく。

“よほど疲れたのだな…流魂街へ行っていたのか。”
そんな事を考えて腕の中の緋真を眺めながら廊下を進んでいた白哉は思い出したように眠ったままの緋真に囁いた。
「いま帰った、緋真。」
白哉の灰色の瞳には、緋真の口元が微かに綻んで見えた。

*********

翌日、白哉を見送った緋真は自室へ入ってすぐ文机に目を留めた。
一輪挿しに小ぶりな笹の枝が入れられ、短冊が机に届きそうに結び付けられている。
・・・二枚。
一枚は昨夜、白哉の帰りを待ちながら自分で書いたもの。
もう一枚は白紙だったのに・・・。
緋真はそれに手を添えて文字を見る。
「白哉様が・・・」
見間違えるはずなどない流麗な筆運び。

昨夜、白哉を待つうちにそのまま机で眠ってしまったはずなのに、気付けばうっすらと明るい早朝をいつも通り寝所で迎えていた。
なぜ自分が寝所(ここ)にいるのかは隣にいる白哉を見れば考えるまでもない。
朽木家の人間としてあるまじき失態だった。
緋真は今朝一番に謝ろうと思っていたのだが「緋真の寝顔は見飽きぬな。」などと先に白哉に揶揄われて、結局そのままうやむやにされてしまった。
白哉は許し難い事ならばたとえ相手が緋真であってもきちんと処置を下す。
昨夜の件に白哉が敢えて触れなかったと云う事は、緋真が気に病む必要はないと云う事だ。

瀞霊廷では七夕の行事は一度も見かけなかったのに、現世と同じに設えられた笹飾り。

『君と共に 永久(とわ)に』
短冊には緋真が書いた願い事への白哉の返事が書かれていた。

「白哉様・・・。」
緋真は声を押し殺して、泣いた。


 
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