鰤二次文(短編)

□†追憶の月
1ページ/3ページ

自室の文机に向かい、灯りの下で鬼道書を読んでいたルキアは邸内の人の動きが変わったのに気付いて顔を上げた。
「兄様が戻られたのだな。」
読みかけの本を閉じ灯りを消すと、出迎えるべく自室を出て庭に面した廊下を歩きだした。

ルキアは玄関に着いたが当主である白哉の姿はそこにはなかった。
「ルキア様、何かご用ですかな。」
清家が声をかけてきた。
「清家殿、今、兄様がお帰りになったと思ったのですが、もうお部屋に?」
ルキアが訊ねると、清家は心得て答えた。
「いえ、白哉様は戻っておられますが、邸内には上がられず直接自庭に廻られました。今はおそらくお庭におられます。」
それを聞くとルキアは白哉専用の庭に面した廊下の方へと向かった。

今日は曇り空で夜も遅いため外は暗い。
晴れていたのなら満月が綺麗に見えるはずなのだが。
廊下と庭の所どころに点された灯りがぼんやりと庭園を照らす幻想的な空間をルキアは進んでいたが、その歩みが止まった。
ルキアの視線の先には今年最後の緋色の花を咲かせた梅の木とそれを見上げる白哉の姿があった。
闇に浮かぶ白い隊首羽織が幻のようでルキアはその場に立ち尽くしたまま息をする事も忘れていた。

「・・・ルキアか?」
静かに掛けられた声にルキアは我に返った。
「は、はい!お帰りなさいませ、兄様。・・・清家殿に兄様はこちらだと聞きましたので・・・すぐにご挨拶をせずに申し訳ありません。」
悪気があった訳ではないが、隠れて見ていたような後ろめたさがあったルキアはそれを率直に謝った。
「構わぬ。」
一言のみ告げた声音にルキアは緊張を解く。

白哉は廊下に立つルキアの所までやってきた。
高い位置に居るルキアは白哉を見下ろす訳にもいかず、その場に正座した。
「梅をご覧になっていたのですか?」
白哉がいた梅の木には灯りはほとんど届いていない。
鑑賞していたとは思えなかったが、会話のきっかけが欲しくて訊いてみた。
庭に立ったまま白哉は口を開いた。
「梅ではなく、月を見ていた。」
ルキアは思わず空を見上げた。
雲の切れ間もなく暗いままの空には月など見当たらない。
訝しげな様子のルキアを見て白哉は言葉を加えた。
「私が見たいと願うものはこの尸魂界のどこにもない。私の記憶の中にあるだけだ。だが・・・瞼を閉じればいつでも見ることが出来る。」
ルキアは驚いた。
白哉が自身の心の内を語るなど、双極(←漢字がない)の丘の一件以外ない。
「それは・・・緋真姉様とご覧になった月なのでしょうか?」
好奇心を抑えられずルキアは訊いてしまった。
「・・・緋真と見上げた月も、私の隣にいた緋真も。」
白哉がそう答えるのを聞きながら『今日の兄様はいつもと違う』と思わずにはいられなかった。
「あの、兄様。今日はどうかなさったのですか?」
心配そうに訊ねる義妹に目を向ける。
常より優しい眼差しだった。
「緋真が何かを望む事はほとんどなかったが、頼み事をされたことが二度だけある。ひとつはお前の行く末。これは以前話したな。」
ルキアは話の意図が掴めないまま頷いた。
「そして・・・心はどこにあるか知っているな、ルキア?」
不意に問われたその言葉で海燕の姿が脳裏に浮かんだ。
ルキアが思い浮かべたものを白哉はわかっていた。
答えを待つことなく白哉は続けた。
「緋真の手を取っていた私は、緋真の願いと共に緋真の心も受け取った・・・いや、預かった。」
ルキアに向けられた灰色の瞳は正座した膝の上に重ねられた両手を見る。
「そして、預かった緋真の心を私はお前に渡したのだ。あの双極の丘で。」
瀕死の状態だった白哉がルキアに真実を打ち明けた時、確かにルキアは白哉の手を取っていた。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ