鰤二次文(短編)

□†朽木庭にて
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早春の朽木邸。
午後の穏やかな陽射しの中、庭師が梅の木の手入れをしているのを見掛けた緋真は庭へ下りた。
「いつも丹精して下さってありがとうございます。」
ここ数日暖かい日が続いたせいか、緋色の梅の花は八分咲きで丁度見ごろとなっている。
「緋真様!」
声をかけられた庭師が慌てて深く腰をかがめて挨拶をする。
瀞霊廷の貴族が側仕え以外の使用人に直接声を掛けることなど普通はない。また、彼らは陰で奉仕するためになるべく姿を見せないようにしなければならない。
それが、四大貴族の一角たる朽木家で有り得ない光景が展開されているのは、当主の「緋真の意向に沿うように」と云う一言があったからに他ならない。もちろん邸内だけに限られた行為であり、緋真も外部の人間の目があるところでは軽挙は行わない。
だが、ここは白哉の私庭なのでその心配はない。
「一輪差しに一枝戴きたいのですが、構いませんか?」
見事な花を見ながら庭師に頼む。
「もちろんでございます。どれになさいますか?」
そう言われ、嬉しそうに枝を見上げながら品定めしていると、庭師とは違う声がその耳に届いた。
「今年も見事に咲いたな。梅を見ていたのか、緋真?」
早くに帰宅したらしい白哉が庭に緋真の姿を見つけ傍までやって来た。
「白哉様、お帰りなさいませ。申し訳ございません。私、気付かずにお出迎えもしませんでした。」
振り向いて詫びながら満面の笑みで迎える緋真に、白哉は愛しげに目を細めた。
先に当主に気付いた庭師はとうに姿を消している。

緋真が朽木家に嫁いでからの不文律に「お二人がご一緒の時はご用以外で近づいてはならない」があった。

「あまりに梅が美しいので一枝部屋に飾ろうと思って選んでおりました。でも迷ってしまって・・・」
自分を見上げながらそう言う緋真と梅の木とにしばらく交互に目をやっていた白哉が「これが良い。」と言うと、枝のひとつに手を伸ばし緋真の目の高さにまで引いてやる。
花数こそ少ないものの、清楚な佇まいを感じる枝ぶりであった。
『どうだ?』と目配せする白哉に、
「はい、それにします。」と緋真は同意したが、続けて訊ねた。
「どうしてこの枝を選ばれたのですか、白哉様?」
よくぞ訊いてくれたと言わんばかりの白哉の表情に、なんとなく答えが想像できてしまった緋真は先に頬を染めてしまった。
案の定、白哉が真顔で返した答えは、
「緋真に一番似合うと思ったからだ。」であった。

珍しくまだ陽の高いうちに戻った白哉と緋真の他愛のない会話は、空が緋色に染まるまで続いた。

fin
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