鰤二次文(リク)

□☆春夢:夜桜
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宵の瀞霊廷 ―――

帰邸した当主の為に開かれた門をくぐり、玄関へ向かう白哉がふと庭に目を向けた。
明々と灯された灯籠が白哉の目を引く。
昨日、愛妻と花見をした桜はまだ盛りで、灯りはそれらを幻想的に照らしていた。

灯りの中に人影を認めた白哉はそちらへ歩を進める。


白哉がわざと立てた足音に、桜を見上げていた人物がゆっくりと振り向く。
夜着に羽織を掛けた緋真のふわりとした笑顔。
「お帰りなさいませ、白哉様。」

白哉は目を見張る。

吹く夜風に桜の花びらが浚われてひらひらと降る中に立つ緋真。
陽光とは違う心許ない灯明が幻を見せているような不安感を煽った。

その時 ―――

ザアァァ・・・と音をたてて強い風が吹き抜けた。
「きゃっ!!」
緋真はとっさに髪と羽織を押さえた。

視界を奪うように乱れ落ちる無数の花弁。
それは桜の銘を持つ己の斬魄刀の技と重なった。


・・・目を見開いた緋真。
気付けば白哉の腕に抱き締められていた。
いつの間に、と云う驚きは一瞬だけで、すぐに安堵に変わる。

瞑目した緋真は耳を白哉の胸元に遠慮がちに置いた。
白哉の鼓動が聴こえる。
緋真だけが聴くことを許された音。
それは、いつもより少しだけ・・・早い?

「桜に・・・呑まれてしまうのかと思った。」
白哉の呟きに緋真の胸は締め付けられた。

私の耳を打つ早鐘はその所為なのですか?

「掴まえて下さってありがとうございます・・・白哉様。」

そんなにも私の事を気に掛けて下さって・・・。


「夜桜を見ていたのか?」
白哉の声が体中に響く。
「はい…酔い醒ましに。」
緋真が両手をそっと白哉の背に廻す。
「夕餉の折に昨日のお酒を一杯だけ戴きました。あまりに美味しかったので。」
身体を伝わる緋真の声に白哉は静かに瞳を閉じた。
「まだ酔いが醒めないようだな。」
「これは・・・白哉様の所為ですよ?」

白哉様が緋真を酔わせているのですから・・・

「白哉様、牽星箝をお取りしても・・・構いませんか?」

白哉が目を開けると緋真の瞳が誘うように見上げていた。

「・・・ああ。」

白哉が少し腰を屈めてやると、緋真は手を伸ばして白哉の髪留めを丁寧に外す。
黒髪が緋真の手を流れるようにかすめて肩に落ちた。

「やっと『私の白哉様』にお戻り頂けた。」
緋真は桜が綻ぶように甘く微笑んだ。

白哉は髪留めを受け取り死覇装の袂に入れると緋真の腰に腕を廻す。
「私はいつでも緋真のものだと思っているのだがな。」
耳元で囁くとそのまま緋真を抱き上げた。
「暫く部屋で待て。すぐに戻る。」

緋真は小さく頷くと、珍しく甘えるように白哉の首に腕を廻してきた。
白哉は薄く笑う。

「今宵も私は・・・緋真に溺れる事になるのだろうな?」


音もなく桜並木の向こうへ消えていく二人の姿

 ――― 春の夜の夢の如し


fin
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