鰤二次文(リク)

□☆通り雨
1ページ/2ページ

突然の雨に緋真は手近な建物の陰に走り込んだ。

小用で他家を訪問した帰り道、同じ瀞霊廷内とは云え邸まではかなりの距離がある。
着物の滴を拭いながら緋真は小さく溜め息をこぼした。
『少し歩きたいので先に戻って下さいね』
付き従ってきた用人は先に帰らせていた。

緋真は着物を濡らすことが忍びなく、暫くその場で雨宿りすることにした。
遠からず朽木家の者が迎えにやって来るだろう。

屋根から滴り落ちる雨粒をぼんやりと眺めていた緋真の許に傘を差した者が近付いてきた。
邸からの迎えだと思い顔を向けた緋真は、声を掛けてきた死覇装姿に目を見開いた

「緋真。」
「白哉様!?」
傘の主は誰あろう白哉であった。

他隊へ出向いていた白哉は、偶然会った自邸の用人から突然の雨に緋真を迎えに行く所だと聞かされた、と言った。

「入れ。私が邸まで送る。」
白哉は傘を差し向ける。
「でも・・・白哉様はまだお仕事が・・・。それにお邸の者が来るのでは?」
遠慮する緋真。
「私が代わると言って帰した。」
白哉が即答する。
「いけません、白哉様。きっと通り雨ですから緋真は雨が止むまでここで待ちます。どうか隊舎へお戻りください。」
「このような場所にひとり置いてはおけぬ。出会ってしまった以上、緋真が邸の門をくぐるまで見届けなければ安心できぬのだ。」
溜め息混じりに白哉に言われ、緋真は仕方無く従った。
「ごめんなさい。私が傘を持参しなかったばかりに。」
緋真は謝りながら体を小さくして白哉の傍らに並んだ。
「構わぬ。」
白哉は一言だけ発すると歩き出した。

「白哉様、肩が濡れてしまいますよ。」
緋真が気にして言うと、「それなら」と白哉は緋真の肩を引き寄せた。
緋真は頬を上気させながらも白哉の死覇装を濡らさない為に身を寄せる。

自然に笑みが浮かんでしまう。
白哉の差す一本の傘の下が二人きりの世界のようで緋真は嬉しかった。
緋真に合わせてゆっくりと歩く白哉の歩調すら、まるで邸に着いてしまうのをためらっているように思えてならなかった。

「もうすぐ着くな。」
雨の彼方、二人の視線の先には朽木家の塀が見えてきた。
「・・・あの・・・白哉様・・・。」
緋真は言い澱み、俯く。
本当はもう少し歩きたいのだが、白哉はまだ隊務の途中。
言い出す訳にはいかなかった。
が、白哉がそれに気付かないはずは無く、緋真の様子に目許を緩めた。

「邸外を一回りするか・・・その程度の時間はあるぞ?」
緋真は顔を上げた。
大きな瞳が嬉しそうに白哉を見つめている。
その表情が愛おしくて、誰もいない通りを歩きながら一瞬だけ緋真の唇を奪う白哉。
勿論、霊圧を探った上、傘で周囲から自分達を遮る事を忘れはしなかった。

耳まで赤く染めた緋真は、恥ずかしさのあまり死覇装に顔を埋めてしまい歩みが止まる。

「行くぞ?」
白哉が声を掛けると、不意に緋真が傘の柄を持つ白哉の手をそっと両手で包み込んだ。
白哉が目を見張る。
「恥ずかしいですか、白哉様?」
緋真が下から白哉の顔を覗き込んで訊ねてきた。
仕返しのつもりらしい。
「いや、一向に。」
言いながら空いている手を緋真の手に優しく重ねた。
緋真は更に頬を赤らめる事になってしまった。

一歩踏み出そうとした白哉が気付く。
「・・・歩き難い。」
両手を繋いでいては当然だ。
白哉が手を取り直している時に緋真は気付いた。
「白哉様、雨が上がりましたよ!!」
傘の端から見た西の空が明るくなっていた。

「傘はまだ要るな。」
白哉が静かに言った。
「え?・・・いえ、もう雨は止んで・・・」
緋真は不思議そうに応じた。
「傘を閉じてしまったら・・・離れて歩く事になる。」
いいのか?と、白哉が訊ねる。
「あっ・・・。」
緋真は小さく声を上げた。
「はい!傘はまだ必要です!」
雨が止んでも傘の下の世界はまだ続く。
思わず白哉の腕に縋り付く緋真を見た白哉の顔に満足げな表情がよぎった。

「行こうか。」

傘の縁に留まる雫が雲間からうっすらと射し始めた光を受けて輝く。
すっかり雨の上がった空の下、傘を差したまま仲良く寄り添い歩く二人。

朽木家の敷地は瀞霊廷屈指の広さを誇る。
その外周は予想外に訪れた穏やかな時間を過ごすには十分な距離だった。


fin
→あとがき
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ