鰤二次文(リク)

□☆我、君を待つ
1ページ/4ページ

「やっと見つけたわ、朽木白哉!」
「・・・何者だ。」
不躾な掛け声に対する白哉の誰何には珍しく驚きの色があった。
人の気配など全く感じなかったのだ。
ただ、傍目には動じたようには見えないが。

「見目は合格ね!」

突然現れた人間の歳なら十五、六になろうかと思しきその娘は、確かに目の前に居るのに霊圧を感じない。
かと言って、流魂街の者ではないと白哉の感覚は確信している。

物怖じしない態度。
それなのに、柔らかな印象を与えるのは白哉を見つめる瞳のせいだろうか?
灰色がかった青紫の瞳。
白哉はその眼差しに見覚えがあった。

「朽木副隊長。交代のお時間です。」
隊員がやって来て警備の交代を告げる。
「分かった・・・そこの娘、私に付いて来い。」

隊員は自分の周りを見回すと怪訝そうに訊ねた。
「副隊長、どなたにお声を?誰もおりませんが・・・」
部下の態度に状況を把握した白哉は返事を濁した。
「―――こちらの事だ。警備を怠るな。」
「はいっ!」

どうやら娘の姿は白哉にしか見えていないらしい。


足早にその場を離れる白哉を追い掛けながら娘は問う。
「どこに行くの?」
「念の為、手近な瀞霊壁の辺りを見回る。」
「どうして?」
「瀞霊廷に怪しい輩が入り込んでいるようなのでな。」
暫く考えた末に娘が頬を膨らませた。
「失礼ね!それって私の事!?」
憤る娘への返答は勿論、無い。
そればかりか、白哉は瞬歩で去っていった。
「ちょ、ちょっと!置いてくなんて信じらんない!」
白哉の向かった方向を探ると、娘は走り出した。


流魂街第一区。
その街中を死神が進んでいた。
すれ違う女達が秀麗な横顔を返り見する。

その白哉が歩む速度を緩めた。

「置いてくなんて酷いわ!」
文句を言いながら横に並んだのは年の頃は十ばかりの娘。

「・・・私の瞬歩に追い付いたのか?」
白哉はそう一言だけ発した。
見た目は違うが、先程の娘と同一人物だと白哉の勘は告げている。
ただ、娘本人は自分の変貌に気付いていない様子だった為、白哉は敢えて触れずにおいた。

「あ、ちょっと待って!!」
そう言うと娘は通りすがりの店に駆け寄った。
白哉が足を止める。
――― 朽木の名を持つ者がその言に従うとは。

春とは名ばかりの、まだ冷たい空気が漂う街中だが、その店先には春の装いが。

「雛、か。」

朽木白哉が何処の者とも知れない娘に自ら声を?

娘は嬉しそうに振り向く。

「かわいいでしょう?」

流魂街の住人向けの商いなのだろう。
並んでいるのは、小ぶりな内裏雛ばかりだ。
それでも目を輝かせているのは、気の強さはあるもののやはり女の子なのか。

「・・・今、我が邸にも雛壇がある。興味があるなら見せてやっても構わぬが。」
思わず口を衝いて出た白哉の言葉。
「ホント!?朽木白哉!!」

瀞霊廷に引き返す白哉の後ろ姿を娘は慌てて追った。


“更に幼くなったか・・・”

瀞霊廷内に入り、振り返った白哉の目に映ったのは、もう、大人の足には付いて行けない程の幼子。
白哉は立ち止まり、小さくなった娘のところまで道を戻る。
「先程までの威勢はどうした。」
「うるさいわね!」
身体は小さくなったが中身は変わっていないらしい。

「その調子では邸に着くまでに日が暮れる。」
そう言うと白哉は不意に娘を抱き上げる。
「朽木白哉・・・抱っこはあんまり上手じゃないわね。」
娘は一言、辛辣な感想を述べた。


門を入ってすぐの庭には大きな池がある。
ピチッと水の跳ねる音がした。
「何!?」
抱っこされた娘が驚く。
「鯉だ。」
「へぇ、見てみたいわ。」
「いいだろう。」
白哉が池の端まで歩み寄ると、人の気配に気付いた鯉が餌をねだりに近付いてきた。

下ろして貰った娘は暫くの間、池の中を眺めた後、呟いた。
「なぜこんな事になったのか分からないけれど・・・私、確かめたかったの。」
「確かめる?」
「私が・・・来ても良いのかどうかを。」
娘の話は要領を得ないが、白哉は既に理解していた。
「そんなに不安だったのか?」
再び抱き上げると庭伝いに邸内を進む。

「朽木家に伝わる雛飾りだ。」
開け放たれた部屋の奥には幾重にも組まれた雛壇があり、沢山の人形と飾りが華やかに並べられていた。
「今は我が妻の為に飾っているが、次の春からは・・・おまえの為に飾られる。」

不意に白哉の腕から娘の存在感が失われていく。
「物心付く迄には上手く抱き上げられるようになっておく・・・朽木家当主の誇りにかけて。」
そう声を掛けた白哉に向けられたのは愛妻と同じ優しい眼差し。

「おまえが来ることを待っている。緋真も・・・私も。」
白哉は娘に改めて告げた。

「ありがと、・・・。」

白哉の耳には最後に娘の声が“父様”と言ったように聴こえた。

その腕に残されたのは“娘”を抱いた感触だけ―――


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ