鰤二次文(リク)

□☆硝子の靴はいらない
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「―――私と踊ってくれぬか?」
娘の目の前に若い城主の手が差し出された。


城下に住む年頃の娘達を集めて行われた舞踏会に遅れてやってきた一人の娘。
会場に入ったその娘を目にした瞬間に城主は舞踏会が始まってからずっと腰掛けていた椅子から立ち上がり一直線に広間を抜けていった。


「あの、私・・・ですか?」
娘は左右を見てから自分の周りに人はおらず声を掛けられたのは自分だとやっと自覚した。

「そうだ。私は白哉。そなたの名は?」
噂以上の秀麗な顔に半ば陶然となりながら娘は白哉の手に自分の手を重ねて名乗った。
「緋真・・・と申します、白哉様。」

憧れの城主との夢の時間は瞬く間に過ぎ、深夜12時を告げる鐘が鳴り始めた。
それと同時にその言葉が緋真の脳裏に蘇ってきた。

“忘れるな。”
緋真はハッとする。

あの魔法使いは言っていた。
“親切ついでに教えておこうか。この魔法は実験中だから・・・そうだネ、今からだと夜12時の鐘が鳴り終わる頃には解けてしまうヨ”と。

緋真が舞踏会に遅れたのはドレスを持っていなかったから。
今、緋真が身に着けているのは偶然出会った奇抜な化粧を施した魔法使いの産物だった。

この場所で、ましてや白哉の前で元のみすぼらしい姿を晒す訳にはいかない。

「私、もう行かなければ。白哉様、ありがとうございます。緋真は今日のひとときを一生忘れません。さようなら。」
慌てて、それでもお礼の言葉だけは伝えると緋真は白哉の手を逃れ、広間のドアから外へ走り出た。


 
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