鰤二次文(リク)
□☆午睡(ひるね)
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「・・・朽木。まだ体調が充分ではなさそうだな。後は俺に任せて今日は帰れ。」
隊長の声に書類作成をしていた白哉の筆が止まる。
「・・・いえ、もう元通りです。それに隊長がお一人でこの報告書を本日中に完成させるのは不可能だと思いますが?」
「いや、大丈夫だ!俺だってやる気になればこの程度易いものだ!な、だから気兼ねなく帰れ。」
「・・・分かりました。隊長がそこまでおっしゃるなら。」
隊長の強引さに多少呆れて“それなら普段からやる気を出せ”と心の内で毒吐きつつも白哉は従い、机上を整えると即座に部屋を出て帰途についた。
隊舎中の緊張が一気にほぐれる。
「あー怖かったぁ!」
「今日の朽木副隊長、不機嫌な霊圧が炸裂してたもんな。」
「しかも副隊長、絶対自分では気付いてなかったよな。」
「帰ってくれて良かった〜。」
朽木白哉があからさまな苛立ちを他者に悟られていることを自覚していない理由など一つしか思い当たらない。
“奥方と何かあったんだな”
口にこそ出さなかったが、隊舎内の意見は見事に一致していた。
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発端は昨夜の事 ―――
白哉が邸に戻った事に気付いた緋真が出迎えようと部屋の戸に手を掛けた瞬間、廊下から侍女が声を掛けてきた。
「緋真様。暫しお部屋にてお待ち下さいませ。白哉様からお部屋を出ないようにとのご伝言でございます。」
「・・・?分かりました、ありがとう。」
訝しく思いながらも白哉の言い付けならと従う。
今までこんな事はなかったため落ち着かなくて気を揉んでいると、障子向こうの廊下を複数の足音が過ぎていった。
勿論、白哉がその中に居た事も察せられた。
緋真は軽い衝撃を受ける。
白哉が緋真の前を素通りした事など初めてだったのだ。
それからしばらくして部屋から出ることを許された緋真はすぐに白哉の元へと思い廊下へ出たが―――
「・・・えっ!?」
緋真は耳を疑い、思わず訊き返した。
「白哉様から緋真様をお部屋へはお通ししないように厳命されております。」
白哉の部屋の前に立ちはだかる警護の者からはやはり同じ科白が繰り返される。
それでも信じられず、緋真は言葉を重ねた。
「なぜですか。私はお帰りになった白哉様にまだご挨拶すらしておりません。御用がおありならせめてそれだけでも・・・」
「申し訳ありません、緋真様。」
丁寧に詫びる相手に緋真はそれ以上何も言えなかった。彼らは白哉の命令を遂行しているだけなのだ。
“私、何かお気に障る事をしたのかしら・・・”
そのまま白哉は緋真に姿を見せる事はなく、緋真は何の説明も受けないまま自分の部屋で一人で床に就いた。
隣室の白哉を想いながら、同じ邸内に居て寝所を分かつ事が初めてだったことに緋真は今更ながら気付いた。
「白哉様、体調を崩されていたのですか?」
翌朝、朝餉の席にはいつも通り白哉の姿があった。
昨夜、隣室の白哉の意図をあれこれ考えてしまい殆ど眠れなかった緋真は白哉の口から顛末を聞き呆気に取られていた。
「なぜ教えて下さらなかったのですか?私も及ばずながらお側についていましたのに。」
緋真が言うと白哉は“やはり”と云う顔をして伝えた。
「そう言うだろうと思い黙っていた。お前に感染る病でないとも限らぬからな。」
そう聞けば白哉の気遣いは分からないでもないが、昨夜の対応に納得しきれない緋真は普段よりきつい口調で反論する。
「白哉様は些かご心配が過ぎます。緋真がこれまでどこで過ごしてきたかお忘れですか?」
緋真の物言いに白哉の箸が止まる。
「なぜここで言い争わなければならん。」
「まぁ、白哉様。そんな事をおっしゃって誤魔化すおつもりですか?」
「緋真っ!」
大声ではないが白哉の強い口調に緋真は身が竦んだ。
流石に言葉が過ぎたと思ったが昨夜の事を考えると謝る気にはなれなかった。
「申し訳ありません、これにて退席します。」
緋真は白哉の目の前にいる事に耐えられなくなり、食事の途中での不作法を承知の上で部屋を出た。
こんな気持ちは初めてだった。
「白哉様・・・何も怒鳴らなくたって・・・」
逃げるように自室に閉じこもった緋真は力無く憤ってみる。
廊下の方を窺うが、白哉がやって来る気配はない。
いつもなら白哉様はあんな言い方はなさらないのに。
いつもなら必ず私を追ってきて下さるのに。
いつもなら・・・。
「・・・私・・・白哉様に嫌われてしまったのかもしれない・・・。」
そう声に出した所で緋真は異変を感じた。
“あら?なんだか部屋が歪んで・・・見える?”
視界はだんだんぼやけていって、遠くで白哉が出仕するらしい音を聞きながら、緋真は立つことも出来ずその場にゆっくりと身体を横たえた。