鰤二次文(リク)
□☆掌中の夢
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緋真は手に持った一枚の紙を見つめたまま動けなくなった。
朽木・・・白哉?
これは・・・白哉様の事なの?
私は一体、『誰』を愛したの?
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お互いに相手の本心を確認することのないまま重ねた逢瀬は両手の指の数を遥かに超えて、逢わなかった日を数えた方が早い状況であった。が、逢った回数を二人それぞれに訊ねれば即座に同じ回答が返ってくる事は想像に難くない。
そんなある日の事。
これまでと同じに待ち合わせた場所に、いつもと違う様子の緋真が待っていた。
「どうかしたのか、緋真?」
その白哉の問いかけを遮り、緋真は必死の思いで訊ねた。
「教えて下さい。白哉様は・・・あの『朽木白哉様』なのですか?」
緋真の口から出た名に、白哉は返すべき言葉を失って緋真を凝視する。
それは白哉が緋真の言を認めたことに他ならない。
緋真は真実から目を背けるように顔を伏せた。
「・・・緋真?」
白哉が伸ばした手から逃れるように緋真は距離を置く。
白哉に対する緋真のあり得ない行為。
「これまでの無礼の数々をお許し下さい。びゃく・・・いえ、ご当主様、二度とお会いする事はありませんが、どうか御身体だけはご自愛下さいませ。」
緋真から聞かされる信じがたい言葉。
緋真はそれだけを一方的に告げ深くお辞儀をすると、白哉に背を向けてその場から走り去った。
白哉はそれをただ見送る。
緋真を追うことは・・・出来なかった。
『いつか、この日が来るとは予想していた・・・ただ、こんなに突然だとは。』
お互いの胸の内に同じ思いを抱きながら。
《 緋真 》
白哉様が上流貴族であることは言われずとも気付いていた。
ただ、こんな尸魂界の辺境にも知れ渡る朽木家の長だなんて・・・でも、やっと納得できた。
隠しようがないあの気品。
白哉様のお気持ちは私のような女への過度なお心遣いから、掛けて下さる言葉から察していました。
そして、ご自分の身分を隠してまでそのように接して下さる事が嬉しくて・・・私はそれに甘えてしまいました。
明らかな身分の違いを痛感していながら。
だから、白哉様が『誰』かなんて、怖くて訊けなかった・・・白哉様を失いたくなくて。
それなのに知ってしまいました。
これ以上は無理です、許されるはずがありません。
逃げてしまってごめんなさい、白哉様。
でも、これがきっと一番良い道です。
私のような女が関わっていては朽木家の・・・白哉様のお名前を汚します。
白哉様の歩まれる道に一すじたりとも影を落とす訳には参りません。
あれから幾日も過ぎた日、緋真は白哉と何度か訪れたことのある小高い丘にやってきた。
そこからの眺望を白哉は殊のほか気に入っており、その景色を眺めている時の白哉の表情は緋真の心を和ませた。
思い出の丘で緋真は空を仰ぎ見る。
雲ひとつない青空は、偽りを許さないと緋真に迫っているように見える。
その清廉さは白哉を思い起こさせた。
―――私は・・・後悔しています・・・自分の選択を―――
本心を遥か瀞霊廷の白哉に向けて告白するように心の中で呟くと、緋真は思い切り泣いた。
どうか・・・私が尸魂界に居る間、白哉様と過ごした時間を思い出として持つ事をお許し下さい。
私は・・・白哉様を・・・忘れたくないのです。
《 白哉 》
こんなことで諦められる程度の想いだったのか?
私の覚悟はこんなものだったのか?
私は知っていたはずだ、緋真が真実を知ればどう反応するかを。
緋真は・・・『私』をどう思っている?
いや、疑うな!
緋真が私に見せてきた表情を、態度を、心を信じろ。
白哉が見上げた先の雲ひとつない蒼穹。
注がれる陽光の穏やかさは緋真が隣にいる時に白哉が感じる安堵感に似ていた。
今、戌吊の地で同じ空を緋真が見上げていると確信できる。
それと同様の確信を持って断言できる・・・間違いなく私たちは同じように好いている、と。
白哉は迷いを断ち切るように足早に邸を出た。