鰤二次文(リク)

□☆星降る夜に
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“もう一度だけ・・・”

緋真は少し前から、庭に架かる橋を何度も渡っている。
白哉がまだ戻らない邸で、就寝までの時間を緋真は独り持て余していた。
許可がなければ誰も立ち入る事の無い当主専用の庭は、邸内で緋真が息をつける数少ない場所であった。

新月のその夜は、暗闇の所々に灯された明かりが、ぼんやりと庭を照らしているばかり。
時折、鯉が水面を乱す水音が静かに響く。
流魂街に生きてきた緋真は、今だからこそ、そんな夜の闇に懐かしささえ覚えていた。


ザッ

庭の向こうから規則正しい足音が聴こえ、やがて橋の反対側から人影が渡ってきた。
髪留めと首に巻かれた紗だけが白っぽく浮かび上がって見える。
それは、緋真が待ち焦がれた人。

「緋真。」

白哉が橋の中ほどで立ち止まった。
名を呼ばれた緋真は白哉の前までゆっくりと足を進めながら思った。

“これは、まるで・・・”

「お帰りなさいませ、白哉様。」
嬉しそうに死覇装姿の白哉を目に映しながら、緋真はふふっと小さく笑う。
「何だ?」
会うなり笑われた白哉は眉を顰めた。
「ごめんなさい・・・まるでカササギの橋を渡ったような気分でしたから。」
「では、緋真が“機織りの娘”で私は“牛飼い”か?」
すぐに返された言葉に緋真は目を見張った。
「・・・白哉様、覚えていて下さったのですか?」
七夕の行事が無い瀞霊廷生まれの白哉に、一年前、緋真は七夕の事を教えた。
そんな他愛もない話を白哉はきちんと覚えていたのだ。

「では、『一年振りの再会』を印して・・・」
緋真の問い掛けには答えず、白哉は緋真を抱き締めた。
その抱擁は、まるで真綿の中に大切にくるむよな優しさ。
緋真は立っている力さえ抜ける気がした。
「白哉様・・・ずるいです・・・こんな風に・・・」
「緋真が私を笑ったりするからだ。」
白哉は緋真の耳許へそう囁いた。

「少し邸外へ出る。緋真も付き合え。」
白哉に身体を預けたまま、緋真は頷いた。
緋真を伴って門を出た白哉は、さり気なく辺りを確認すると緋真の手を握った。


緋真が連れて来られたのは真っ暗な場所だった。
瀞霊廷にこんな暗闇はないから、そう遠くない流魂街のどこかなのだろう。
が、緋真に不安はない。
誰よりも信頼出来る白哉が自分の手を握っているのだから。

「空を見てみろ。」
白哉に言われ、闇に慣れてきた目を空に向けた緋真は息を呑んだ。

月も無く、灯火にも邪魔されない夜空に広がる無数の星々。
その迫力は頭上に墜ちてくるのではないかと思う程。
無意識に緋真は白哉の腕に縋りついた。

「あれが“天の川”―――」
白哉が空を見上げて語る。
「あれが織女星、あれが牽牛星だ。」
星を指しながら淀みなく発せられる単語に緋真は驚きを隠さなかった。
「白哉様、緋真はそこまで詳しくお教えしていませんが・・・?」
「あの後、関連事項を調べてみた。」
「まあ、白哉様ったら。ご存知なかった事が余程口惜しかったのですね?」
緋真が白哉の負けず嫌いを笑う。
「子供扱いするな。全く・・・私を誰だと思っているのだ。」
白哉は緋真の手を振り解いて背を向けた。
緋真は慌てて頭を下げた。
「白哉様、申し訳ございません!!緋真は図に乗っておりました。どうぞお許し下さい!」

白哉は緋真の方に向き直り、下げている頭を撫でてやる。
緋真が様子を窺いつつ顔を上げると、白哉の瞳とぶつかった。

白哉の腕が優しく、それでいて逃さないように強く緋真を包み込んだ。
「・・・年に一度の逢瀬など・・・私には耐えられぬな。」
白哉の声が緋真の胸に沁みた。
そして緋真は、先程独りで橋を渡っていた時の自分を思い出した。
「私も・・・白哉様がいらっしゃらない時間は、とても淋しく思います。」
知らず、悲しげな声になる。
「だが、今、私はお前の許に居る・・・」
白哉は顔を寄せると、そっと口づけを交わした ――― 満天の空の下。


「今日は笹飾りを作っておりました。」
「“笹飾り”?願い事を書く短冊の事か?」
「いえ、それではなくて色紙で作った飾りです・・・私、昨年お話ししませんでしたか?」
緋真が訊ねると白哉は否と言った。
「では、早くお邸に帰りましょう!白哉様にお見せしようと思ってたくさん飾りましたから。」
緋真が明るく誘った。
「まだ私の知らぬ事があったとは・・・現世の行事は侮れぬな。」
言いながら白哉は緋真を抱き上げた。
「きゃっ!?」
「緋真の要望を叶えてやろう。瞬歩ならすぐに着くぞ。」
「白哉様!」
足をバタつかせてみるが大して効果は無かった。
「掴まっていないと知らぬぞ?」
平然と忠告する白哉に、緋真は膨れ面をしてみせるが、どうしても口元が綻んでしまう。

緋真は、躊躇いながらも白哉の首もとへ腕を廻した。

fin
→あとがき
 
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