物置
□過去拍手小咄・弐
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*2013年5月度掲載分*
《 端午の節句 》
「日番谷隊長…少し私的な話がある」
定例の隊首会後、冬獅郎を呼び止めたのは白哉だった。
大貴族の白哉が流魂街出身の冬獅郎に自ら話し掛ける事自体が稀で、会話も職務上を除けば殆ど無い。
「…何だ」
冬獅郎が立ち止まり、少し驚いたような眼差しで白哉を見上げたのはそんな経緯があったからだ。
「個人的に兄に渡したい品がある。邸から兄の隊舎へ届ける故、先に報せておく」
「お前が俺に?一体何を…」
訝しむ冬獅郎の言葉を最後まで聞く事無く、白哉は立ち去った。
「ちょっと待て、朽木!!…ったく、勝手なヤツだな…」
憤りながらも冬獅郎が足早に隊舎へ向かったのはその場を離れたかったからに他ならない。
“今日は浮竹や狛村に会わねえようにしねえとな”
現世で端午の節句に当たる今日…過去の不愉快な記憶が甦る。
… … … … …
一昨年の同じ日、同じように隊首会後に浮竹に声を掛けられた。
「今日は現世の端午の節句だから隊の皆に粽と柏餅を振る舞う為に仙太郎と清音に買ってきて貰ったんだ。折角だから日番谷隊長にも渡そうと思ってね」
相変わらず隊長にベッタリな二人の三席が大きな荷物を持って控えていた。
「ああ…気持ちだけ貰っとくよ。大体、隊士達のなんだろ?つうか、端午の節句って子どもの祝いじゃねえか。俺は ――― 」
子どもじゃねぇし…と冬獅郎は続けたがどうやら浮竹の耳には届かなかったらしい。
「遠慮深いなあ、日番谷隊長は!大丈夫、沢山あるから!なあ、仙太郎、清音?」
「「はい!!大丈夫でありますっ、浮竹隊長っっ!!」」
「ほら、なっ?」
小分けにされた両手一杯の菓子をぐいっと押し付けると浮竹はそれじゃ!と満面の笑顔で立ち去って行った。
「おい待て、浮竹、浮竹ぇーっ!!」
… … …
そして、昨年は狛村だった。
「日番谷隊長、これを」
そう言いながら抱えていた箱を執務室の床に置いた。狛村が持てば一抱え程の大きさだが、実際には冬獅郎の身の丈と同じ程度はあった。
「何だよこれ…」
「現世ではこういった物を飾る風習があると聞いて是非貴公に贈りたいと思ったのだ」
箱の側面の板を引き上げると中には漆黒の鎧兜が収めてあった。
「儂の黒縄天譴明王を模してみたのだ。部屋の隅にでも飾って貰えると嬉しい…では」
「は?ちょっと待て!」
「これから元柳斎殿の許を訪ねるのでな…何、礼には及ばぬ」
狛村は巨体には不釣り合いな程の礼儀正しい挨拶をするとそのままドアを閉めた。
「待て狛村!そうじゃなくて!! くそっ、もう居ねえ ――― ってか、陰で笑ってんじゃねぇ、松本っ!!」
部屋の隅で腹を抱えて笑っている副官を怒鳴り付けた。
… … … … …
どいつもこいつも俺をガキ扱いしやがって…苦々しい記憶に悪態を吐いた。
“まあ…朽木(あいつ)ならそんな心配はねえな”
「お疲れ様でした、日番谷隊長」
冬獅郎が十番隊の執務室に戻るとソファから乱菊が声を掛けた。
「朽木隊長の邸から隊長宛に荷物が届いてるんですけど…」
「ああ、奴から聞いてる」
「何ですか?」
「さあな、朽木個人の物らしいが」
「ええっ!?早く開けてくださいよ、隊長♪」
興味津々の乱菊に促された冬獅郎が来客用のローテーブルに置かれた風呂敷の結び目を解くと平たい桐箱が現れ、蓋を取った冬獅郎はその体勢のまま動きを停めた。
「鯉のぼり…?」
そう呟いたのは乱菊。子どもが持てる長さの棒と鯉の描かれた三枚の布が収まっている。
「…何だこれは」
「今言ったじゃないですか、鯉のぼりですよ、こ・い・の・ぼ・り!」
「…んなこた見れば分かるっ!これが何で俺に渡すモンなんだよっっ!!」
「あ、隊長。それ、手紙じゃないですか?」
蓋を取った時に落ちたらしい紙を冬獅郎は開いた。
『鯉幟は現世において子どもの成長を願う玩具故、とうに成長した私には最早不用の品。此れは先日蔵から出てきた物で、私の幼少期に父から授かった現世の土産だ。この時節に現れた意味を熟考した末、兄に渡すのが一番良いと云う結論に達した』
「へえ、意外に優しいところがあるんですね、朽木隊長。隊長、折角ですから去年狛村隊長から貰った兜と一緒に隊長の部屋に飾りましょうよ♪」
乱菊が楽しそうに提案すると冬獅郎は手紙をグシャッと握り締めた。
「あ、アタシちょっと出掛けなきゃ!」
素早く執務室のドアに逃げた乱菊。
「柏餅買ってきますね!」
バタンと閉まったドアに向け、冬獅郎は遣り場の無い怒りを込めた紙片を叩き付けた。
「やれやれ…朽木も要注意人物か」
だが、そう溜め息を吐く冬獅郎の顔には、微かに笑みが見てとれた。
fin
兄様が渡したのは2011年5月拍手文で出した鯉幟です。