鰤二次文(短編)

□†I'm by your side.
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日が暮れると、白哉は緋真と連れ立って再び朽木家の水田に向かった。

元々、白哉が緋真を誘って夜の散歩に出るのは珍しい事ではない。
日中に限らず護廷隊副隊長と朽木家当主との兼務で多忙な白哉の憩いのひとときである。
勿論、緋真にとっても。
普段は安全な瀞霊廷内だけではあるが、白哉が一緒ならば場所がどこであろうと大差はない。

その夜は弓を思わせる三日月で、白哉は灯りを手に暗い畦道を歩きながら、常々思っていた事を口にした。
「緋真は暗闇が怖くはなさそうだな。」
「?・・・はい、戌吊では夜が真っ暗なのは当たり前でしたから。」
何故か残念そうな口調の白哉に緋真は不思議そうに返事をした。
しばらく歩いてから緋真は「あっ」と小さく声を上げるとにっこりと笑って白哉に訊ねる。
「もしかして、緋真は夜の暗さを怖がって白哉様の腕に縋った方が良いのでしょうか?」
あまりに率直に図星を突かれた白哉だったが平静を装う。
「何を下らぬ事を・・・」
誤魔化せていないのは分かっているが自ら認める訳にもいかない。

そんなやり取りの内に今朝と同じ場所に着いた。
畦には立ち止まった二人の他には誰もおらず蛙の鳴き声がうるさく聞こえるばかりであったが、その騒々しい合唱は却って静けさを感じさせた。

白哉が手に持っていた灯りを消すと真っ暗な水面に三日月が静かに映し出される。
夜だというのに相変わらず風はなく、おかげで空の月と変わらぬ姿をその水面に見ることができた。
時折、蛙の起てる波紋が三日月を乱して確かに水に映る月だと云うことを告げている。

しばらくの間、二人は黙ってその景色を眺めていた。

「綺麗ですね・・・お連れ下さってありがとうございます。」
水面を見つめていた緋真は白哉の顔に瞳を向けて礼を述べる。
「緋真が満足したのなら来た甲斐があった。」
そう言いながら白哉は隣に立つ緋真を自分の方に寄せると素直に寄り添ってきた。
人目がないとは云え、緋真が邸外でこのような態度を取るのは珍しいので、いつも窘められている白哉はどうしたのかと思わず緋真の顔を覗き込もうとした。
と、緋真が静かに口を開いた。
「今晩の散策は・・・私がお見せする事のできる唯一の『証』です。」
「証?」
「はい。白哉様は昨日、緋真を見ていて下さる事がいつも側にいる証だとおっしゃいました。」
一度言葉を切って、白哉を見る。
「今日の約束を今日できる事が、私がいつでも白哉様のお側にいるという証です。」
緋真は恥ずかしそうに伝えた。
白哉はしばし目を伏せ、「・・・私の為の約束だったのか・・・」と呟いた。
その言葉に緋真は首を横に振る。
「いいえ、結局は自分の為です…私が白哉様と一緒に居たいのですもの。」
それを聞いた白哉は紫色の瞳を見つめて告げる。
誓うように。
「それは私も同じだ。いつでも・・・いつまでも・・・」
緋真は灰色の瞳を見つめて言葉を返す。
願うように。
「はい、『約束』します。ずっと白哉様のお側に。」

風が出始め、水田の水面に細波を立てる。
「邸に戻るか。」
水面の三日月が揺れるのを見て白哉は促した。
再び灯りを点けると緋真の手を取って畦道を戻っていった。

帰邸後、白哉が用事を済ませ自室に向かうと部屋の縁廊下に緋真が座っていた。
「白哉様。少しだけこちらにお座りになって下さい。」
緋真が嬉しそうに座布団を勧める。
「先に休んでいろと言ったはずだが。」
言いながらも緋真の隣に座る。
「どうしたと言うのだ?」
「ここからも先程と同じ月が見えますね。」
緋真は白哉の問いには答えず空を見て言う。
「ああ。」
白哉も空を見上げて答える。
「白哉様とお庭を一緒に眺められる事がどんなに贅沢な事なのか、緋真は忘れておりました。」
隣にいる緋真の幸せそうな笑顔を見て白哉は思う。
緋真が言う以上に有り得ない事だったのだ、ここに緋真が居るという事実は。
今、隣に座っている事がお互いの『証』だと緋真は言いたいのだろう。

「緋真、『約束』を忘れるな。」
白哉は告げる、幻に願うように。
「はい、白哉様。」
緋真は返す、月に誓うように。


fin
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