かいたもの
□回し蹴り祭り!
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自販機に羽虫が群がり集団自殺を繰り返す午前二時。
閑静な住宅街を一人の小柄な少女が一匹の犬と共に歩いていた。
何処と無く眠そうな瞳と、肩の当たりで切り揃えられた黒髪が可愛らしい少女が、今年の終わりを月末に控えた時期に相応しく、しかし体格には合っていない大きめなダークグリーンのトレンチコートを制服の上に羽織り、闇の様な黒い犬を連れた少女が歩いていた。
そんな彼女の年の頃は恐らく十代中盤。この時間帯に出歩いていたら職務質問の餌食になるであろう年齢だが、自覚が無いのか、気にしていないのか、彼女の表情には少なくとも夜間外出に対する罪の意識は見られない。
「……寒い、です……」
アスファルトに音を刻んでいた少女が呟き、はぁ、と白い息を手に吐きかけ、視線を空に向ける。
彼女の瞳に映るのは星と、月と、僅かな雲に――世界の裏側。
そう、この世界には裏側がある。
表に居る間は知る事も接する事も無い部分がある。
この少女、斉藤(さいとう)伊吹(いぶき)がその事を知ったのは五歳の深夜だった。
音が死んだ静寂。
光が死んだ暗闇。
まだ『斉藤』と言う姓を持つ前だった伊吹はその死に溢れた世界で家族の死を視た。
裂かれた父親に割られた母親。
夥しいまでの赤がフローリング広がり、幼い頭は思考を放棄してその惨状をただ見ていた。
あるマンションの一室。
七階に在った伊吹の家に窓からソイツはやって来た。
ある一点を除いて、姿形は覚えて居ない。
覚えているのは両親が死に、自分だけが助かったと言う事実。
そして両親を殺し、気紛れで自分を生かしたのが、裏側の存在。異端者、と呼ばれる存在だったと言う事。
異端者。それは圧倒的大多数から外れた存在。
それは常人には無い血脈を知った者。
それは常人には無い技術を修めた者。
それは常人には無い知識を持った者。
それが異端者と呼ばれる者。
世界の裏側に存在する者。
伊吹の両親を殺した者であり、伊吹を引き取った家の者であり、現在の伊吹自身であり――
「――兵団の新手か?」
眼前で街灯に照らされる少年だった。
染められた髪、背中に髑髏の描かれた黒い革ジャン。それだけならば、特に大きな特徴も無く、街中に居ても特に誰も気にしない様な少年。
だが、彼には他には無い大きな特徴が一つ。
鋼の様に硬い金色の毛で覆われた右腕。殺す為に形をなした爪。そう、それは右腕、ヒトからは大きく外れ、狩猟の為に形作られた猫科の獣の――虎の腕。
その丸太の様に太い右手の先、虎の爪が血――恐らくは先に出ていた仲間の血――で染まっているのを確認してから――
「……そう、です」
何でも無いように、普通の人間に接する様に、伊吹は眠そうな瞳で、少年の問を肯定した。
それは、明らかに異様な光景。普通だからこそ、変哲が無いからこその違和感。血に濡れた猫科の右腕。ソレを持つ相手に対して取る態度としては、明らかにおかしな対応。