Long
□19th
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自宅に戻ってきた兵部は力無くソファに雪崩れ込んだ。
うつ伏せになりクッションに顔を埋める。
「…疲れた……」
そう言った彼は言葉通り顔色がよくない。
だがそれは、ただ単に能力を使ったからという身体的な疲れだけではないだろう。
意識を手放してもおかしくないほどの疲れなのに、何故か彼の身体はそうさせてくれない。
――結局何もしてやれなかった。
――彼女の心を傷つけた。
考えないようにと思えば思うほど、兵部の頭の中は渚に関することに支配されていく。
何をしても無駄だというように、彼は自分の体を仰向けにさせた。
「渚…」
ぽつりと彼女の名前を呟く。
存在は知っていたが、言葉を交わしたのは数ヵ月前、つい最近だ。
あの予知とはまた別の何かに関係する彼女を、パンドラでは姫と呼ぶことになった。
初めはそれが一体何なのかを知るためだけに近付いたはずだった。
本当に、それだけが目的。
女王や女神、女帝のようにエスパーの未来に関わるわけではない。
然して興味もなかったはずだ。
だが、実際に彼女と会って奇妙な感覚に陥ったのは事実。
特に意識していなかった自分の正体を、話したくないと思うようになったのはいつだったか。
「…最悪だな。」
過去を振り返り、あまりにも中途半端に過ごしてきた自分に嫌気が差した。
先に自分の正体を明かしておけば、もしかしたらこんな事態にならなかったかもしれない。
そんな後悔がいくつも積み重なる。
パンドラの長だと知っていながら、女王は僕に対する態度を変えない。
最近になって、同じことを渚に望んでいることに気が付いた。
いつの間にか、彼女にも興味を抱くようになっていた。
いつからそうなったのはわからないが、それが女王たちに対するものと違うということは初めからわかっていた。
だが、それが何を意味するかまではわからなかった。
「………」
そこまで考えて兵部は自嘲気味に笑った。
「…世の中には知らない言葉が多すぎる……」
自分に言い聞かせるように独り言を呟く。
普段何気なく使っている言葉も、その本質をしっかりと理解して使われているものは少ない。
今回もその類いだ。
それ自体の存在は知っているのに、いざ直面するとそれが何なのかわからない。
「だが、今ならはっきりと理解できる……」
状態を起こしソファに座り直す。
そして背を丸めて頭を抱えた。
「…彼女を、愛していたんだ……」
渚に対する感情をそれだと考えれば、すべてに説明がつく。
気付いたときには、どうしてこんなにも簡単なことがわからなかったのかと呆れたくらいだ。
女王や女神や女帝のように彼女らの存在を愛したのではない。
もちろん彼女ら自身可愛らしいとは思うが、そんな感情ではない。
一人の女性として、渚を愛していた。
しかし今となってはその感情も意味はない。
彼女はもう僕と会うことはないだろう。
「気付くのが遅すぎた……」
相手に与えることのできない愛は、自分の中で膨らみ続けて出口を探す。
一体何処へ出ていくつもりなのか。
どうすることもできない想いを抱え、兵部は苦しさに顔を歪めた。
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