Long

□29th
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翌朝、渚は昨日同様物音で目が覚めた。


だが前日とは異なり特に目立つようなものでなく、どちらかと言えば小さな音。


体を起こし目を擦っていると、少し離れた場所から声がかけられた。


「おはよう。よく眠れたかい?」


「…っ……!」


声のした方角はキッチンで、そこにはエプロン姿の兵部が立っていた。


しかもよく見ればそれは渚のもの。


考えてみればこの部屋に来ることができるのは彼だけなのだが、未だ驚き渚は目を見開いている。


そんな彼女を見て兵部はクスリと笑うと聞こえるよう大きな声で呼び掛けた。


「もうすぐできるから、顔を洗っておいで。」


兵部はそう言うとまたキッチンに視線を戻す。


渚はむくりと起き上がると、言われるがままに顔を洗いに行った。



彼の言ったことは本当だったらしく、渚が戻ってきた頃にはテーブルにトーストが置かれていた。


「おはようございます。」


「おはよう。」


まだ彼が準備しているということもあって立っていたが、椅子を引き座るよう促される。


それに従い着席すると、彼はまた動き出した。



「おまたせ。」


すべてがテーブルに置かれ、兵部も着席する。


「これ、全部京介さんが作ってくれたんですよね?」


「そうだよ。たまには僕が作ってもいいだろう?」


こんがり焼かれたトーストと、半熟卵のハムエッグ。


ありきたりなメニューだが、彼が作ってくれたということがとても嬉しかった。


それに、彼の料理はうまい。


「冷めないうちにどうぞ。」


「いただきます。」


「いただきます。」


明日からはまた学校で、こんなにゆっくりと朝から時間はとれないだろう。


そう思うと、今がすごく幸せに感じてくる。


「ん?どうかしたのかい?」


「あ、いえ…」


いつのまにか兵部を見つめていた渚は、彼に指摘され慌てて目を逸らした。


そんな彼女を見て兵部は微笑み、そして辛そうに顔を歪める。


「……昨日は、悪かったね。」


「………」


真剣な声音に、渚は視線を兵部へと戻した。


「しばらく、忙しくなるかもしれないんだ。」


「え…」


「もちろん渚の卒業式には行けると思う。だけど、毎日ここに帰ってこられるかどうかは、わからないんだ。」


辛そうに言葉を発する兵部を見て、渚も顔を歪める。


「だから、しばらく僕の分のご飯は作らなくていいし、帰りを待たなくてもいい。」


「京介さん…」


「本当にすまない。」


頭を下げた兵部に、返す言葉が見つからなかった。


彼が悪いわけではないし、きっとパンドラにも色々あって彼を必要としているのだ。


自分だけが彼を独り占めできるなんて、思っていない。


「あの、今日はどのくらいいられるんですか?」


「あと1時間、かな。」


「…………」


あまりにも申し訳なさそうな表情の兵部を見ると、こちら側まで申し訳ない気分になる。


「…じゃあ、後片付けは私がやっておくので、なるべく早くパンドラの皆さんのところへ行ってあげてください。」


「渚…」


「冷めないうちに食べてしまわないと。ほら、京介さん。」


自分のことながら、無理に笑っているのが痛々しいと思った。


寂しくないと言えば嘘になる。


だが渚には、今ここで、行かないでほしいなどと我儘を言うことはできなかった。



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