Long

□19th
1ページ/4ページ


「京介!」


兵部が普通の人々のもとから戻ってくると、すぐに薫は彼に呼び掛けた。


心配そうな表情で彼を見ているのは、傍にいる2人の少女も同じようだ。


「心配ないよ。渚は今自宅で眠っている。」


強張っていた表情を緩めて優しくそう言えば、彼女らは安堵の息をつく。


「よかった…」


「渚はん無事なんやな…」


だが、その報せを聞いても険しい表情のままの人物がいた。


「兵部…」


呟くように名を呼んだのは皆本。


確かに渚を救ってくれたのには感謝しているが、彼がここに来たのが腑に落ちないといった様子だ。


「今あいつらは全員気を失っている。意識を取り戻す前に行動に出た方がいい。」


先程チルドレンに対して言ったのとはまるで違う、冷たく抑揚のない声音で兵部は言う。


自分に向けられた声がいつも以上に冷たくて、皆本は少し竦み上がった。


「ッ、彼女を助けてくれたことには礼を言う。でも…!」


だがやはり、彼は納得できないようだった。


何故ここに来たのか。


何故彼女の危機だとわかり、助けることができたのか。


何故仕返しなどしようと戻ってきたのか。


しかしそれらすべての疑問の始まりは、何故兵部が渚を知っているのかということだった。


自分が知りうる限り、彼女は兵部に関する情報はほとんどバベルから与えられていないはず。


前に一度、そんな話を局内で聞いたのだ。


疑問だらけで言葉を詰まらせた皆本に、兵部は静かに言う。


「僕が渚を知っている理由が知りたいんだろ?」


「…っ……」


考えを読まれ、彼の肩が少し震える。


それを見て兵部は口端をあげてニヤリと笑い、彼の耳元で囁いた。


「僕が女王や女神、女帝を知ったのと同じ理由だよ。」


「な…!」



女王、女神、女帝。


その言葉で彼女らを呼ぶということは、エスパーの何かが絡んでいるということだ。


「まさか、彼女も未来に…」


「いや、彼女はあの予知とは全く関係ないよ。」


「じゃあ何故……ッ」


だが皆本の言葉は途中で途切れた。


不自然な箇所で切れたのは、兵部が皆本の顎を掬うように持ち上げたためである。


「それ以上は言えないな。早く仕事に戻りたまえ。」


またいつもの彼に戻り、冷たい声音で言葉を発す。


「ッ、渚さんにこれ以上近付けば、バベルはさらにお前を敵対視するぞ…」


少し掠れた声で皆本が言えば、兵部は彼の顎に添えていた手を離した。



「安心しな。僕はもう彼女とは関わらない。」


吐き捨てるように冷たい声のまま言う兵部。


だがその口調や言葉とは裏腹に、彼の表情はひどく寂しそうに見えた。



「安心って…、おい兵部!」


その態度に違和感を感じた皆本は制止の声をあげたが、兵部は無視して瞬間移動してしまった。



「…っ……」


「…皆本……」


彼らの会話を黙って聞いていた3人も、兵部の様子に気付いたようだ。


不安げな表情で彼を見上げている。



「…ひとまず局長に報告しに行く。葵、僕らと彼らの瞬間移動、頼めるか?」


「っ…、任せとき!」


元気などありはしなかったが、これ以上暗くなっては駄目だと葵は無理して明るく言う。


そして彼ら全員をバベルへ瞬間移動させた。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ