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□スーツの染みは君の涙
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「あれ、今日は任務じゃなかった?」


廊下で見かけた見慣れた後ろ姿に、奈都流は声をかけた。


「少佐がな…、働きすぎだからと無理矢理任務から外したんだ。」


足を止めて振り返り、そう答えたのは真木。


毎日仕事ばかりしている彼は、することがなくアジト内をうろうろしていたのだ。


「よかったじゃない。」


「まったく、そもそも誰のせいでこんなに仕事が増えていると…」


眉根を寄せて少し愚痴をこぼす彼に奈都流は苦笑する。


「じゃあ今日の予定は?」


「することもないし、とりあえずリビングにでも行こうと思っていたんだが…」


「奇遇ね。私もリビングに行くところだったの。」


奈都流がそう言えば、真木は特に気にした様子もなく、そうか、と返した。



そのあとに会話はなく、2人は黙って同じ場所を目指す。


真木の後ろを歩く奈都流は、彼を見て少し頬を綻ばせた。


自分の思い人である真木――


付き合っているわけではなく、奈都流が一方的に好きなだけの何でもない関係。


ただの同僚だ。


しかし彼に出会って数日で彼に恋をした奈都流は、いつかはその関係を変えたいと願っている。


今まではただ姿が見られるだけで幸せだったが、最近はそう思うようになってきたのだ。


だがそれと同時に、想いを告げてうまくいかなければ今よりも関係が悪くなるという恐怖もある。


告げるに告げられず、彼を見てドキドキする日々がもう何年続いているのだろうか。


数える気力もなくすほど長い年月なのだと、彼女は一人苦笑した。


「…どうかしたか?」


「いいえ。」


奈都流の様子に気付いた真木が彼女に問い掛ける。


しかし彼女は平然と、何もないのだと口にする。


一度訝しげな視線を送ったが、先程同様特に気にせず彼は歩き続けた。





「あら珍しい。」


リビングに入った彼らに声をかけたのは紅葉だった。


その言葉は真木がこの時間帯にここへ来たことを指しているのだろう。


奈都流は彼らの会話に参加する必要はないと判断し、備え付けのキッチンへと移動した。


それでも今日は人が少ないせいで彼らの会話は聞こえる。



「少佐に仕事をなくされてな…」


「あぁ、なるほどね。」


短い言葉のやり取りだが、彼女には真木の言ったことが理解できたようだ。



彼らは兵部に救われる前から一緒にいる。


一方奈都流はパンドラができた少しあとで兵部に救われ、真木と出会った。


この差を恨んだことなどないし、嫉妬したこともない。


だが彼女は、紅葉が少し羨ましかった。


その感情を表に出したことはないが。



「じゃあ私は行くわ。」


「あぁ。」


彼女は短く言って出ていった。




湯を沸かしながら奈都流は彼らのやり取りを聞いた。


そのまま色々と考えを巡らせる。


すると背後から声がかけられた。


「沸騰しているぞ。」


「…っ……」


声をかけたのは、先程までリビングの入り口近くで話をしていた真木だった。


「ごめんなさい、ぼーっとしてたわ。」


一瞬ビクリとしたが、すぐにいつもの自分に戻って何事もなかったかのように火を止める。


奈都流はカップに湯を注ぎ珈琲を淹れた。


「俺の分も淹れてもらえるか?」


「わかった。」


もう1つカップを取り出し、珈琲を淹れる。


「はい。」


彼のために淹れたものをそこに残し、奈都流は自分のカップだけを持って再びリビングへと足を運んだ。



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