Long

□26th
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賢木についていき辿り着いたのは、医療研究課にあるとある一室。


診察や研究をする場所とは違い、そこで勤める職員に与えられた休息用の部屋だ。


だが今目にしているのはいつものそこではなかった。


テーブルには物がたくさん積まれ、床には幾冊ものファイルが散乱している。


「修兄?」


どうしたのかと賢木を見れば、彼は書類を避けながら歩き奥へと進んでいく。


そしてあるデスクに辿り着き1枚の紙を拾うと、読んだ瞬間それをくしゃりと握った。


「あいつ…!」


「何があったの?」


明らかに怒りを露にしている賢木に問いかければ、彼は先程くしゃくしゃにした紙を投げて寄越す。


それをキャッチした渚は、広げて読んだ瞬間目を丸くした。


“彼女とデートなんであとは頼みます”


名前と共に書かれたその文には、語尾にハートまでついている。


「せめて片付けてから行けー!」


その場にいない相手に向かって叫ぶ賢木。


そんな彼が子供っぽく、思わず笑ってしまった。


「私も手伝うから、早く片付けよ?」


渚は提案しながら賢木に近付く。


まだ不機嫌な顔の賢木だったが、そうしていても仕方がないとわかったのか、渚に軽く指示を出した。


渚はファイルに触れてしまうべき棚を確認し、次々と片付けていく。



1時間も経った頃には、2人とも自分の持ち場を全て片付け終えていた。


「悪いな。」


「大丈夫だよ。」


賢木は片付いた部屋にある冷蔵庫を開け、何かないかと物色する。


「お、いいのあるじゃん。」


そう言って出してきたのは持ち手のある白い箱。


散らかしていった彼が、せめてものお詫びにと置いていったらしい。


「待ってろ、今珈琲煎れるから。」


賢木は皿とフォークを出してケーキと一緒にテーブルに置くと、備え付けのキッチンへ行きお湯を沸かし出す。


渚はすることもなく、そこにあったソファに腰かけた。



しばらくすると、賢木がカップを2つ持って渚のもとへ来る。


1つを彼女に差し出すと、賢木は向かい側のソファに腰を下ろした。



「あー、その…」


少し間を置いてから彼が口を開き、何かを話そうとする。


「…この間は、悪かったな。」


賢木は珈琲からたつ湯気を見ながらそう言った。


「ちょっと、大人げなかった。」


ゆっくりと顔をあげ、彼は視線を彼女に向ける。


「大丈夫、気にしてないよ。」


そんな彼に、渚は笑って返した。


「ただ、ちょっと驚いたけどね。」


「…………」


賢木は珈琲を啜り、目の前にあるケーキを少し口にした。


「…でも、ほんとにアイツでいいのか?」


「………」


「あいつはパンドラで、しかも…」


チラリと渚の反応を見ながら賢木は話す。


渚は黙ったまま、困ったように笑っただけだった。


それでも、彼が好きなのだと。


「あんなジジイでもか?」


「…ちょっと年上なだけだよ。」


「…………」


彼女のその表情に迷いはない。


「…そうか。」


賢木は一瞬眉を顰めたが、すぐにフッと笑った。


今日初めて見せた笑顔だ。


「お前がそれでいいなら俺はもう何も言わねぇよ。」


そしてまたケーキを口にする。


「ほら、お前も食えって。結構美味いぜ?」


先程までとは違い、柔らかい雰囲気を纏った彼に安堵し、渚も目の前のケーキを口にした。



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