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□誰がために(鏡月 碧様より頂き物v)
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紅蓮の焔を巻き上げる竜巻の如く。

夏の蒼天の下。大地に降臨した青き龍は凄まじいまでに雄々しく、猛々しい武を誇って戦場を緋一色に染め上げる。

鬼気迫る圧倒的な霊気。
見る者を射抜くが如くの鋭き眼光。
豪快に振り回される槍の咆哮。
流れる長き黒髪の軌跡。

神々しかった。
絢爛と言っても良い。
見惚れていた。ただただ見惚れていた。
あまりにも神憑りなその姿に。

己がかの者の窮地を救いに馳せ参じたことさえ忘れ、その麗容にしばし心奪われてしまっていた。
感動すら覚え、胸が高揚していくと同時にじわりと目頭をも熱くさせられる。
己は共に馬を駆り、共に武を振るい、時には情を交わしているのだ。斯様な見事な偉丈夫と。
共に在ることを誇りに思い、求められることを誉れに思う。
敵とならなかった幸運に感謝したい。斯様な龍の化身の如き戦人と。

「子龍!」

高らかにその名を呼び、愛馬から降りて駆け付ける。

「救援に参ったぞ子龍! 待たせたな!」
「…孟起か」

振り向いたその双眸に、馬超の意気揚々とした笑みが一瞬にして強張った。
酷く血走った攻撃的な眼。まるで真実青龍が憑依したかのような。
ビリビリと伝わってくる張り詰めた空気。焼けるように熱く、それでいて凍えるように冷たい。

「良く来てくれた。こやつら、随分と私の軍を目茶苦茶に掻き回してくれたのだ。それ相応の礼はしてやらねばな」

腹の底から吐き出すような低い声を上げながら、趙雲はなおも槍を振るって周囲の敵を薙ぎ倒す。

「私の前で、よりによってこの私の目の前で好き放題暴れおって。一人たりとも生かしておくわけにはいかぬ」

べっとりと返り血を浴びて紅く滑った右頬をそのままに、抑揚なく淡々と語りながら敵兵の足を払い、胸を突き、首を刎ねては新たな返り血を浴びる。

常の余裕を保った冷静な趙雲と同一人物とはとても思えない。
自らの軍をほぼ壊滅状態にまで追い込んだ敵の奇襲に余程激昂したのだろう。ほんの少し近付いただけで肌を裂かれそうな、殺気に満ちた刃の如く鋭い波動を感じずにはいられない。

「し、子龍」

ゴクリと唾を飲み、宥めるように馬超は呼び掛ける。

「子龍、もう良い。周りを見てみろ。お前に恐れ戦いて大方の敵は逃げてしまった。後は俺の軍に任せろ」
「…まだやれる。逃げたのならば追えば良い」
「ま、待て!」

未だ戦闘中の味方の元へ乗り込もうとする趙雲の腕を、慌てて掴んで馬超は阻止した。

「お前は充分戦った。もう良いだろう。もう休め」
「別に疲れていない。不思議と疲れないのだ。休む必要も感じぬ」
「だが俺の軍にも少しは活躍の場を残しておいてくれねば困る。折角救援に参った意味がなくなるではないか」

おどけてそんなことを言ってみせても一向に効かず、趙雲は馬超の手を振りほどくことに忙しい。

「戦いたいのだ孟起。敵に一矢報いてやらねば此処で死んだ兵らに申し訳が立たぬ」
「報いているではないか、充分に。よく見ろ、お前の槍も刃毀れを起こしている。ここでやめておけ」
「ではお前の槍を貸せ。いや、この際その辺に落ちている敵の槍でも構わぬ。この手に握るものさえあれば私は―――」

聞き分けなくいつまでも闘志を燃やし続ける趙雲の、胸倉を掴んで馬超は咄嗟に唇と唇を合わせた。



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