オリジナル小説置き場
□さよなら My heart
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「――母さん、おはよ」
「ああ、舞ね。お早う」
「…父さんは?相変わらず寝てるのかな」
「ふふ…そうみたいね。…あら舞、なんだか気分がすぐれないみたいだけど…大丈夫かしら」
「…え、あ、ええ。平気よ、平気」
…んな訳無いでしょ。『昨日も死者の夢を見て眠れなかった』…なんて言えたものじゃないわよ…
「そんなことより母さん、早く朝ご飯作ってよ」
「今炊いてるわ。ちょっと待っててね」
―――駅へは家を出て徒歩20分。
いつもの電車。いつもの座席。先着が居たらその隣。
毎日が同じリズムの繰り返し。
もう慣れっこだけどね。
…彼と交した言葉は無い。
そう。当時は孝太郎君と話した事がないのよ。
幼児期の私はまだ単語のひとつすら発音出来ずにいたのだから。
それくらい昔の事だ。
その時、アイツは中1だったかな。
話によると、事故当時私は道路の傍らに横たわっていて、彼は乗用車に跳ねられたのか…現場から数十メートルぐらい先でぐったりしてたらしいわ。
…周囲の人々の情報だから本当かどうかは分からないけど。
ただ、その場に居合わせた人の証言によれば、道路に出た私を彼は自らの身を呈してかばった…ということ。
その事実を2人は隠してた。
大きくなるにつれて、彼が成長してゆく私を後目(しりめ)に死んでいったと思うようになる。
私を残して死ぬだなんて。
…なんか許せなかった。
だから私は彼を「アイツ」ってよんだ。
当然真実を知らなかったあの頃だからこそ、私はそんなくだらない反抗をしていたんだけど。
まぁ、人間嫌な事を忘れようとするわけよね。私の中から次第に、彼への感情が徐々に薄れていった。
…『アイツ』の名称はそのままで。
忘れかけてたのに。
真実を知ってしまった。
それから私の生活は、彼に対する報いが中心となりつつあった。
学校の帰りはアイツの墓参り。
家に帰れば千羽鶴を折って。
赤井夫婦は喜んでた。
「舞ちゃんの千羽鶴で天国の孝太郎もきっと幸せね」
…だと良いけど。
ただ、勘違いして欲しくないのは…
これは『幸せ』にさせる為じゃない。
『報い』。…自己満足なのよ―――