意識の混濁するなか、感じるのは身体中に走る、得たいの知れない鈍痛と不快感。何故だか、目を開くことを躊躇うが、ブラックマジシャンはゆっくりとその瞳を開いた。何も感じさせない、薄暗い室内が広がっている。ブラックマジシャンの記憶には無い場所だった。
ふと、部屋の奥に気配を感じて目を移す。
「気が付いたようだな」
その人を見下したような声色は知っている。
「海馬…瀬人だな?」
ブラックマジシャンがこう言えば、暗がりから男が現れた。無駄に威厳に満ちたその表情。ブラックマジシャンのマスター、武藤遊戯の永遠のライバル、海馬瀬人だ。
「何故、お前が私の前に居るのだ?」
マスターに呼び出されていないし、マスターが居ないから、デュエルでは無さそうである。海馬は、フンッと鼻をならすと語りだした。
「実は、ペガサスが新しいウィルス系トラップカードを開発した。勿論、そのカードを拝借してきたわけだが、実際にデュエルで使用する前に、実験をしたくてな」
その言葉に、ブラックマジシャンは身を硬くした。
「わが社の力があれば、貴様を呼び出すなど、造作もないこと…」
「まさか、マスターのデッキから私を盗み出したのか!?」
「人聞きの悪いことを!!あのテこのテで遊戯を口説き、そして貴様を借りてやったのだ!我が海馬コーポレーションの崇高なる実験体となったことを、誇りに思うがいい!!」
「っく!」
何とも、迷惑な話である。勝手に借りられて、(何故貸してしまったのか理解に苦しむが)、勝手に実体化させられ、勝手に崇高な実験体とやらにされたのだ。どこをどう感謝しろと言うのか。ブラックマジシャンは、大きくため息をついた。
「帰らせて貰うぞ。実験したければ、お前のデッキのモンスターを使うんだな」すると、海馬がニヤリと笑う。
「ものは状況を見てから言え」
ブラックマジシャンがハッとすると、身体中に鎖付きブーメランが絡み付いて、一切身動きがとれなくなっているではないか。
「いっ…いつの間に!?」
しかも、杖までが海馬の手に渡っている。悔しさで、ブラックマジシャンはギリッと歯噛みした。
「たかが、カードのモンスター風情がこの俺に勝てると思うてか?さぁ、俺の実験体となれ!!」
海馬はこう言うと、一枚のカードを取り出して、叫んだ。
「高熱ウィルス、発動!ブラックマジシャンの体を蝕め!!」
「っっ!!」
途端に、ブラックマジシャンの体に異変が起きる。体全体が重くなり、得たいの知れない寒さが体を蝕み始める。思考は、靄がかかったかの如く不鮮明で、震えが止まらない。
「か…いばぁっ!」
呼吸が浅いものになって、熱い吐息が漏れる。
海馬が勝ち誇ったような表情で、ブラックマジシャンに近づいた。
「素晴らしい威力じゃないか!さすがは、デュエルモンスターの生みの親、ペガサスと言ったところか」
色素の薄いブラックマジシャンの頬と目元が朱に染まり、青い瞳は濡れている。そんな表情で、睨み上げられれば誰だって、感ずることは同じだ。当然、海馬も例外ではなく…。
「貴様…中々良い顔をするではないか…」
急に、そんなことを言われて、ブラックマジシャンは体を強張らせた。
「だがやはり、流石は我が社の完璧なプログラムと言ったところだな」
海馬の顔が、ブラックマジシャンの顔に近付く。もう、吐息すら絡む距離だ。
「どゆ…事だ?」
「我が社のプログラムは、モンスターを実体化させる際に、モンスターにも人間の五感を与えるようになっている。つまり、貴様は今人間と同じ感覚を持って、ここに存在している」
この段階で、ブラックマジシャンは海馬が言わんとしていることを、察知して歯噛みした。その顔を見て、海馬が意地の悪い笑みを顔に浮かべる。
「そう。人間は熱を出すと、体の感覚が鋭くなるのだ!さぁ、溺れるが良い!」
海馬はそう言うや否や、細い指をブラックマジシャンの首筋から鎖骨まで滑らせた。
「っひぁん!やめ…ろっ!」
ブラックマジシャンの体が震えた。そのまま、海馬は胸まで指を滑らせる。
「あっ…あぁ…、っくん!」「王の守護を司る魔術師ともあろう貴様が、こんな声を出して、恥ずかしくないのか」
ブラックマジシャンは、羞恥と快感におかしくなりそうだ。
「解放してほしくば、この俺に跪け!」
そんなことは、ブラックマジシャンにしてみれば、今のこの状況よりも遥かに屈辱的な事である。
「だ…れが!貴様っ…なんかにっ!」
これを聞いて、海馬は鼻を鳴らす。
「フンっ…。では、仕方あるまい…」
そう言ってにじり寄ってくる。ブラックマジシャンは、腹を括って目を閉じた。吐息が絡む。

その瞬間。バシッ!と物凄いおとがして、海馬の体がぶっ飛んだ。
「えっ…?」
ブラックマジシャンが恐る恐る目を開くと、目の前にこちらを背にして、混沌の大魔術師、師匠のブラックカオスが立っている。
「おっ…お師匠様!」
海馬は、立ち上がると悔しげに歯噛みした。「待たせて悪かったな、我が弟子よ」
こう言って微笑む師匠に、ブラックマジシャンは安心感を覚えた。ブラックカオスは、海馬を睨み付ける。「我が弟子に手を出すとは、不届き千万!今日、貴様が生まれてきたことを後悔させてやる!!」

そののち、海馬コーポレーションの社長が、バニーちゃんのお耳に、額に肉と書かれて気絶している写真がネット上に出回って、大騒ぎになった。未だに犯人は、解らない。
例のトラップカードの行方は、混沌とした謎の中だそうな…。

END

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