木蓮の涙

□第一話
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 ――いま、わたしが想う言葉が、あなたに届かないということはよく解っているの。わたしは、文字を残すことが出来ないし、口伝てする時間もない。そう、これは、わたしの心のうちだけで綴られる想い。それでも、あなたに向かって想わずにはいられない……。


 わたしは、あの方に出会うまで、生きていたとは言えなかったの。

 家族が生きるためにわたしに強いた選択を怨むつもりは毛頭ないの。でも、戒めに等しい恣意や、わたしを弄び賎しむ手から逃れられない生は、底無の闇というより他ないもの。わたしは、逃げたくて逃げたくて仕方がなかった。そして、実際、わたしは逃げ出したの、自我と引き換えに。

 あの方が助け出してくださらなかったら、わたしは今でも闇のなかを彷徨ったままなのかしら……。

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