第一期(558〜559)
□乱気の王朝
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蘭香たちが斉に入って三日が経った。
表面的には立ち直ったかのような面を見せる蘭香に、菻静達はいくらか穏やかな心地を味わうことができたが、未だに離れぬ暗い心像に、複雑な思いを味わっていた。
陽の光溢れる部屋の外で楽の練習をする蘭香の姿を耳で感じ、斐蕗は細く息を吐く。
「――しばらくは、大丈夫そうだね」
刺客が現れない事も。――蘭香が、平静を保っていられる事も。現在は波乱は起きない予感がする。
傍らに居並んで座る菻静は、目を細める。
「でも、本当に解決したわけじゃない。これからどうなるか、あたしの子も……」
少し膨らんだ腹部に、彼女は軽く手を当てる。
――妊娠八ヶ月。あと二ヶ月ほどしたら、腹の子が生まれる。
宇文瑛の手が伸びてこないように、蘭香を魔の手から護る為に、菻静たちは縁も所縁もない斉の公子・長恭の第に留まっている。
が、ここを出れば、また細作が忍び寄ってくるだろう。
女手の少ないここで出産するのは心苦しいが、蘭香のためには、この第で子供を生ませてもらうしかない。
それが、菻静には何とも居たたまれない。
菻静は本音を、小さく口にする。
「蘭香のことは可哀想と思うよ。でも、このままで無事にこの子を生むことができるか、正直、不安なんだ」
目を瞑る妻の物悲しい気配に、斐蕗は思いを巡らし、口を開く。
斐蕗とて、このまま助け手を求めぬわけにはいかぬ、と思っていた。
「菻静、連れていってほしいところがあるのだが……」
「……なに?」
菻静は顔を上げる。
にっこりと、斐蕗は微笑んだ。
「公子の部屋に」
すっと、彼女の柳眉が釣り上がる。
わなわなと手を震えさせ、菻静は眼を剥いた。
「な、なんでえ!?」
菻静は本気で嫌がっている。
が、斐蕗はまったく気にせず、彼女の手を握って甘く囁きかけた。
「昨日の事のお礼を言いに行きたいのだよ」
夫の手を振り払い、菻静は立ち上がる。
おやおや、というように、斐蕗は肩を竦める。
「ほっときゃいいんだよ、あんな冷血漢!!」
むきになって、菻静は叫ぶ。
昨日、長恭が蘭香に取った態度は、同じ女として許せるものではない。蘭香を女だからと馬鹿にした彼に、菻静は怒りを抱いている。
女に不慣れだというのは、理由にならない、と彼女は考えている。
笑み含みな声で、斐蕗は妻が逆らえないようなことを語りかける。
「このわたしに一人で行けと?
それに、今後のことも、訪ねておかなくてはね」
ぐっと、菻静は詰まる。
今後のこと――何時まで、この第に留まっていいのか。蘭香をいつでも護ってくれるのか。そして……この第で子を生んでいいのか。
菻静にも、長恭に訊ねておく必要があることは、解っていた。
何しろ、今の己たちの今後を握っているのは、公子・長恭なのだから。
――そう、すべて、公子しだい。
嫌だろうが苦手だろうが、逃げてはいけない、と菻静も覚悟を決める。
ふぅ、と息を吐くと、彼女は夫の手を取った。