第一期(558〜559)
□公子・長恭
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朝、余りの光の清さに蘭香は目を開けた。
硝子の飾り窓が、陽光を反射して、寝台に横たわる彼女の頬を照らす。眩しくて、蘭香を身を起こす。
清々しいのは、朝の空気だけではなく、蘭香の心の中もだった。
昨夜、自害しようとしたときの真っ暗な心象が綺麗に祓われている。
公子・長恭が強く止めてくれたからだ。少々乱暴で、打ち付けたところに痣を作っていたりもしたが、彼が止めてくれなければ、己のこころは救われなかっただろう。
「こんなに明るい気持ちで朝を迎えるのって、久しぶり……」
そう言って、蘭香は微笑み、伸びをする。
肺腑に思いきり息を吸い込むと、蘭香は手早く気替え、軽やかな足取りで部屋を出た。
回廊を走り、ある部屋の前に止まると、ばんっ、と勢いよく扉を開ける。
「ねぇ――さんっ!」
朝の一服に、暖かい飲み物を飲んでいた菻静と斐蕗は、唖然として蘭香を見る。
暫く、ふたりは椀を手にしたまま、固まっていた。
が、今の蘭香が本来の蘭香だと思い至り、このような表情を見ることができたことを、秘かに嬉しく思った。
「あんたは…朝から元気だねぇ……。もうちょっと、静かにできないのかい?」
眉間を押さえ、菻静が呆れて言う。
彼女の向かい側に座る斐蕗は、くすくすと声を発てて笑う。
「蘭香は元気なのが一番だ、君が暗いとこの楽座に華やかさが無くなるしね」
まぁっ、と菻静は夫の言に大袈裟に反応してみせる。
「おや、あたしは華やかじゃないって!?
言ってくれるけどね、あたしだってまだ捨てたものじゃないんだよっ。結構色っぽいとか言ってもらえるんだから」
斐蕗は苦笑いする。
「いや、そういう意味じゃなくて……。蘭香はまだ若いから、ぱあっと光気が飛び散る気配があるというか……居る者を心地よくさせるのだよ。
君の姉御肌なところも、ある意味、少数派の男を心酔させるがね」
「なんだい、それじゃあたしがいいっていう奴は、被虐趣味的な男たちみたいじゃないか」
「そうかもしれないね」
さらに面白そうに、斐蕗は笑う。
菻静は気っ風がよく姉御肌だが、子供っぽいところもある。斐蕗は彼女の様を「可愛い」とでも言いた気な余裕のある態度で接している。
ふたりのこのような掛け合いは、日常茶飯事である。
彼らの仲の良さに照れ笑いをしながら、蘭香は手を振る。