第一期(558〜559)
□仙女の名を持つ少女
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斉の国に入ってから、どれくらい経っただろう。かれこれ十日は過ぎたか。
夜中、軽馬車の手綱を捌きながら、朴茅鴛(ぼくちえん)は考え続けている。
深く生い茂った森が、彼ら一向を鸚い隠すことを一心に願い続ける。清かな水音が遠く聞こえる。森のなかに、水流があるのだろう。
彼らは、東の大国・斉(せい。北斉/ほくせい)の首都、ギョウを目指していた。馬を休めず、ひたすら移動し続けていた。
茅鴛は車のなかで眠っている仲間を――とくに少女を気遣い、覗き込む。
少女は、安らかな寝息を発てている。茅鴛は安堵の息を吐く。
「蘭香……もうすぐだ。もうすぐ、宇文瑛(うぶんえい)から逃れられる」
彼は、彼女――杜蘭香(とらんこう)を助けたかった。彼女を苛もうとするものから、彼女を遠ざけたかった。
想いであり、願いであるそれは、茅鴛をがむしゃらに突き動かしていた。
青黒い闇が、蘭香を絡めとって呑み込もうとしていた。
『いや、止めて、止めて――――!!』
蘭香は喉が破れんばかりに叫ぶが、逃れられない。
いつしか闇は、男の形を成していた。
『か弱き女が、このおれから逃れられると思っているのか、諦めろ』
嘲りや、蔑みを含んだ男の声が彼女を嬲り、少女の魂を縛り上げる。
『助けて……っ』
少女の魂は肉体を持って現れていた。容赦のない男の腕が細腰を攫い、娘の衣を掴む。
裂けるような痛みが、蘭香の魂を貫いた。