小品・短編(not夢)

□Doll
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夢を見てた…



夢のなかで

身体は動かないのに

目だけはパッチリ開いていた

そのくせ瞳は動かせない

場所は暗くてよく分からないけど

なにか…あやしいお店のような場所だった

そこで壁際に立っている

なにをしているんだろう



まるで商品みたい…




しばらくして男の人が二人やってきた

一人は見るからに髭を生やし揉み手をした店員さん

もう一人は多分お客さんで背は高いのに痩せた猫みたいな青年だった


  †††


私は自分で店に足を運ぶことなんてほとんどない

指示すれば、いや、しなくとも、ほとんどのものはワタリが用意する

それなのに今日はひとりでネットで見つけたこの店に来ていた

店のサイトはアングラな世界のなかでも極一部の人間しか知られていない

あまりにもキワモノやタブーなものばかり扱っているからだ

サイト自体にもいくつものゲートを突破しないと入れないようになっていた

商品によっては取り寄せも可能なようだが、支払方法や運びのルートが複雑であることと、実物の商品を目で見てから買いたいということもあって、客のほとんどは直接店の扉を叩きにくるという

世界の裏側からでも客が文字通り飛んでやってくる

禁忌を犯した高額な商品のために…

その店が扱っているもののなかでも最高級かつ最大のタブー


それが今私の目の前にあるもの


“ドール”という名の


  人間



  †††



猫背のお客さんが私の前で止まる

黒曜石みたいな、大きな瞳は

…澄んでない

その青年の顔になんの表情も浮かんでないことに気がついて私は急に怖くなる

話しかけようとしても口は動かない

声も出せない

顔のどの部分も私の意思では動かなかった

目を瞑ることも瞬きすらもできなかった



  †††


ドール達の中でひとつだけ私を惹きつける瞳があった

美しい…という表現はこういうときに使うのだろうか

白く透き通ったピンク色の肌が薄暗い店内の中で輝いているようだった

パッチリと開かれた目は縦開きで顔の印象を強くする


 可愛い…


私は更に確認するように彼女を凝視する


 やっぱり可愛い…


「触ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

暗い店には似合わない接客根性のある髭面の親父が答える


遠慮なく頬をつつく

ぷにっ

思わず手を引っ込める

「…。」

「驚かれましたか?人間の女性と全く変わりません。柔らかいでしょう?」

「…。」

そんなのは分かっている

驚いたのは

体温がなかったことだ

こんなに可愛らしくて

まるで陽射しのような温もりを感じさせるのに

彼女はとても冷たかった



  †††


「これにします」

青年がそう言ったので

私は“どうしよう”と思った

でも“どうしようもない”みたい

だって身体のどこも動かせないから

私の意思を伝える手段がない

怖いのは耐えるしかなかった


それで


私は彼のものになったらしかった


毎日毎日

時間はよくわからないけど

彼はベッドのなかで私を抱きしめる

少しの声も出さずに

ただただ一生懸命私を抱きしめる


いつのまにか

私は彼が怖くなくなっていた

だって

彼の身体はとても温かかったから



  †††


私は冷たい彼女の身体がなんとか温まらないものかと思った

はじめは彼女が冷たいのが可哀相に思ったからだったのだが

物理的な温度平衡以上に温かくならないことが分かると哀しくなった


  †††

一緒にいる時間を重ねるにつれ、無表情な彼の感情が分かるようになった

どうして哀しいの?

貴方が哀しいと私も悲しい…

  †††

私は諦めきれず彼女を抱きしめる

それでふと気付いた

そうか

私は彼女に自分を温めて欲しいと思って

彼女を手に入れたんだ

  †††

私は悲しくて

彼の哀しみが悲しくて悲しくて


そしたら


不思議


私の目に熱がこもって


なにかが頬を伝った


それは


ひとしずくの涙


  †††
  †††
  †††

目が覚めたらLが横で眠っていた。

「…える?」

やっぱりベッドのなかだったから思わず頬をつねった。

動くし、痛いし、よかった、夢だったんだ…。

それでもほっとして彼の温もりを確かめる。夢と違って彼を抱きしめられることが嬉しかった。

するとLの腕が私の背中にまわった。彼も目が覚めたみたい。

「嬉しいです…。」

Lは起き抜けにそんなことを言って、ぎゅっと強く私を抱きしめた。それから耳元で呟いた。


「…貴女が温かい…。」


私はその声に切なくなってLを抱きしめた


目から零れおちたのは


ひとしずくの涙…


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Ende.
2008/2/2 ZinSinWind

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