小品・短編(not夢)
□Fatality
1ページ/9ページ
昔の話だが、死にかけたことがある。
欧州を周遊中、とある出来いがきっかけでようやく探偵の仕事に本気で身が入るようになったころだった。
欧州の後、アメリカに渡って幾つかのケースに当たり、様々なルートで“L”の名前が歩き出した。その当時で依頼のヤマは既に100を超えていた。それも巨額の金が動くものばかり。
それまでは正直ゲーム感覚だったところがあった。いや、正確に言えば、今でも敢えてそう考えるようにすることもある。ただし、現実的な観点から内容を切り込んでいくこと、現場視点、これだけは絶対に身に着けねばならないスキルだった。これ以上探偵“L”が有名になってしまう前に、私はできる限りの現場をこの目で見ておきたいと考えており、感じておきたい“現実”を着実に知識とするために惜しみなくフィールドでの時間を割いた。
その日私の向かった先は、サンフランシスコ市外の病院。
あるケース(事件)に絡んで死体安置室と解剖室を見学することが目的。以前からこの病院の小児病棟に“L”が寄付していることもあって、Lの依頼で竜崎という者が見学しに行くことを病院長は快諾してくれた。と言っても手配はもちろんワタリがしたのだが。
病院には正式な見学承認を取得してもらっていたが、病院の受付の中年女性は、私の見学希望の旨を聞いた途端、頭からつま先まで視線を上下に2往復させたあと、眉根に深い皺を寄せて露骨に嫌な顔をした。“ガキが一人で見学?”と顔に書いてある。
「あなた、本当にMr.竜崎?」
「そうです。」
「本来15歳以下の子はご案内できないんだけど…。」
「その点も了解を得た上での見学承認を頂戴しています。」
彼女は、うそぉ、と声に出さず呟きながら、後ろにも控えていた別の医療事務の女性に、案内する医師の予定組まれてる?と確認していた。
世の中には歳相応ルールというものがあって、私がこの仕事をするにあたって、歳相応ではないから受け入れられないと感じさせられる場面は数知れず遭遇してきた、もう慣れてしまっているので個人的にはどうでもいい問題だが、目立つ行為には違いないので、そろそろ控えなくてはいけないと思うと同時に、今のうちにできるだけ出ておかなければという焦りもあった。
それにしても、今回は承諾書をこちらも提示しているわけだから、このやりとりは時間の無駄のほか何ものでもない。時間が惜しいので私は受付デスクの中に向かって声をかける。
「すみません、セキュリティセンターでドアを開閉していただければ、一人で参りますが…。」
返答は帰ってこない。どうやら私を案内する予定だった医師が急患対応中らしい。受付内でしのごの電話のやりとりがあって、結局ちょうど非番時間に入る医師を呼ぶことにしたようで、彼女は受付の椅子に戻ってぶっきらぼうに私に告げた。
「代理の者がきます、そちらの椅子でお待ちください。」
見学する部屋が部屋なだけに、それなりの医師もしくは管理者をつけるいうのが病院側の規則らしい。まぁ尤もな話だが。
私が遠慮なく靴を脱いで椅子に座ってじっと待っていると、そのうち一人の白衣の青年が逆光を背にやってきた。彼は私を見て片手をあげた。光のせいで一瞬顔が分からなかったが、よくよく見れば非常に若い、研修中の医師、という感じだった。攻撃を行うにあたり逆光を使うのは一番正しい方法だったな、などとこの場に無関係なことを考えていたら、握手しながら名乗った彼の名前を聞き損じた。