小品・短編(not夢)
□私と甘味王子と賢者の石
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背が高くて何が悪いっ!
小学生のとき、よく思った。
あだ名は「のっぽさん」。
なんて安易なあだ名。
しかも私は色は黒やグレーが大好きだった。
その次のあだ名は「電信柱」。
のっぽさんよりは、ひねりはある。
けれど、もう小学校も高学年だったので、傷つくネーミングだった。
女子からは、かっこいい、といわれ、男子からは、うざい、と言われた日々。
修学旅行などの集合写真は大嫌いだった。
だから私の背中は段々丸くなっていった。
母は背が小さくて、「いいじゃない!女優さんとかモデルとかになれるわよ!」と言ったが、性格が内向的な私にいずれも勤まる職業じゃない。
しかも中学に入ると、にきびがひどくて、顔が下をむくようになる。
でも、ほとんどの人が私より小さかったから、あまり下を向いても意味がない。
そうすると人から顔を背けるようになる。
「あの子、感じ悪いね」
ズキン。
そんな言葉には思いっきり傷ついてみたりして。
いつの間にか、自分のまわりにあまり友人がいないのが、背のせいなのか、にきびのせいなのか分からなくなっていく。
現実が辛いから、空想世界に逃避行。
これはかなり楽しい。
自分を忘れられる。
ある漫画を読み終わった後に、私はその主人公になったつもりで、ちょっと髪型でも変えてみようかと思った。
でも、鏡にはいつもと同じ、電信柱な私が突っ立っていた。
主人公のかわいい笑顔。
鏡の前で笑ってみても、ちっとも可愛くない。
きっと私が男だったら、鏡を割ってただろう。
割ってたら、まだ何か変わってたかもしれないのに、私はなにも変えることができなかった。
どうして、他の子は普通に友達ができていくんだろう?
どうして、男の子と普通に話せるんだろう?
そもそも他人と何を話すのだろう?
学校が終わると、みんなどこに遊びにいってるんだろう?
背が高いから、列の最後に並んでいたら、列はどっかにいってしまった気分。
ここで、「まぁいいや」と思えないのが、また分からない。
人と一緒にいるのが嫌いなのに、一人ぼっちはもっと嫌。
そんな自分はもっと嫌い。
世の中は嫌いなものだらけ。
全てを好き、といって笑う子が羨ましい、妬ましい。
私の人生、なにがまずかったのか、ちっとも分からない。
そのまま私は高卒で就職した。ホテルの清掃員として。
仕事は好きだった。
友人を必要としないし、淡々と仕事するだけでお金が入るから。
ほかのホテルの従業員と違って笑顔もいらないし。
そして長く続けることは、ホテルから最大の信用を得て、10年以上のノークレームな私は笑顔のなしでマネージャーとなり、グループの中でも一番ランクの高いホテルへの勤務となり、その担当場所も、セミスウィートからスウィート、グランドスウィートまで上り詰めた。
スウィートルーム。
それはスィートルームとかスウィートルームとか日本ではカタカナは色々。本当はスィートが正しそうに思えるが、スウィートの方がなんか優しいし、甘そうだし、響きがよくて好きだった。
しかし、その素敵なお部屋の清掃とは結構な仕事なのである。
理由はスウィートに来るお客様が様々とはいってもお金持ち、掃除の仕方に注文がある、単にわがまま、変態、だったり、色々なのだ。
一番よいのは品のいい老夫婦とかで、私たち清掃員にもとても気を配ってくれる上に、掃除の必要がないくらい、奥様が全部きれいにしておいてくれたりする。そんなときはせっかく泊まりに来ているのだから、掃除なんてしなくていいのに、と思う。きっとこの老夫婦の家はとてもきれいなんだろう。
一番キツかったのは、一体この部屋を何に使ったんだろうというくらい、ヘンな悪臭がしたとき。あちらこちらにゴミが散乱し、生臭いにおいがして、吐きそうだった。トイレで用を足さずに部屋でしていたり、どんな酔っ払いか、どんな変態なんだ…と疑いたくなる。
そして、私はホテルの上司にブチ切れ、そういうお客様はブラックリストに載せるべきだ!と主張するも、相手が相当金払いがいいのか、権利をお持ちなのか、結局またご来訪くださってしまう。それ以来、ガスマスクと宇宙服のような掃除服を要求するようにしている。
そして、あるとき、また金持ちの変態がやってきた。
その金持ちは、たった一人でそのスウィートに長期滞在予定で入っていたのだが、朝から晩まで鬼のように甘いものを要求するらしい。まさにスウィートルームのお客に相応しいのかもしれないけれど、冗談をいってる場合ではないのだ。掃除のために部屋に入るとむせ返るような甘い香り。
こんなに部屋中に甘いものがあったら、虫がくる!と文句を言いたくて、私はその金持ちの顔をみてやろうと思って、敢えてその人のいる部屋に入った。
若い男が椅子の“上”にしゃがみこんでいた。
間違いなく私より若い。
この歳でスウィート…。
眩暈と怒りが同時にやってくるなか、私が「こんなに甘いものを…」と言いかけた瞬間、彼がこう言ったのだ。
「猫背はよくないですよ。」
私は目を見開いてしまった。
だって、その青年は私よりたいそう立派な猫背に、ご丁寧にどんだけ睡眠不足なんだと思うほど目の下に隈まであって、不健康極まりない感じだったのだ。
「お、お客様に仰られたくありません。」
私は人生で初めて反論した、ような気がした。
すると、彼は私の顔を覗き込む。
反射的に背けてしまう。
「とてもキレイな顔立ちをしてらっしゃるのに、勿体無いです。」
「余計なお世話です。」
私は二つのことにびっくりした。
ひとつは、この青年が私の顔をキレイだといったこと。
もうひとつは、私が会話をしている、ってこと。
「これを差し上げます。」
「はい?」
突然目の前にぷらぷらと差し出されたのは石のついたネックレスだった。
「お客様からの贈り物は勝手にいただけません。」
「いえ、個人的なプレゼントで、貴女にあげるのであって、この部屋の清掃にはいってきた方にあげるわけじゃありません。」
「はぁ…」
私はその言葉の意味についていけなくて、なんとなくそのネックレスを受け取ってしまった。
「それは幸運の石なんです。どんな人生もどんな人間も全て光り輝くものにしてしまうほど、のものです。」
「ご自分で持っていたほうがよろしいのでは?」
「私は光輝くのは困るんです。とにかく要らないのであげます。」
意味が分からない…。
もう十分金持ちだからいらないってことだろうか?
「あ、そうそう、そのネックレスは額から離れていた方が効果があるんです、よってできるだけ顔をそのネックレスから離して下さい。」
「額?」
「はい、人間の額から出るパワーには弱いのです。」
なんのこっちゃ。
私は掃除も続けたかったし、それ以上のお客様との会話はまずいと思い、御礼を言って会話を打ち切った。
それからそのネックレスをポケットに入れて、黙々と清掃を続けた。