時計の針は戻らない

□時計の針は戻らない
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この帽子



もう少しだけ、傍に置かせて・・・・・。





『時計の針は戻らない』





自分のクラスの出し物に遊びに行ったら、文化祭実行委員の土方がクラスの様子を見に来ていた。



クラスメートでお揃いの青いTシャツ。



ちなみにデザインしたのはお妙ちゃんだ。





「へぇ、意外と人気あるんだな」



「意外って言うな。



アンタが実行委員してる方がよっぽど意外」



「ひでぇ言われようだな」



実行委員は交代でうちわ募金という、100円の寄付でうちわを1枚と交換される募金活動を行う。



1時間ほど前までは彼もその担当だった。



その姿が似合いすぎていて。



募金する人に、優しい笑顔を見せるのが気に食わなくて。



悪態をついたのは、素直に似合っていると言えなかった代償。





「それより。



こんなところで油売ってる時間あるの?」



「大丈夫だろ。バレなかったら」



「そういう問題?」



「当番から外してもらってるからって、手伝わないわけにはいかねぇからな」



妙なところがマジメな彼。



普段なら嫌がるくせに。



2年前の文化祭では、参加することさえ嫌がって当日にはベランダで寝ていた。



それでは楽しくないだろうと考えついたのが。



当時保健委員長だった私は、勝手な判断から委員会の出し物に強制的に手伝わせた。



まぁ、ひたすら点数を合計して、該当の用紙を配る簡単なものだった。



最初こそ嫌な顔をしたものの、小さな子ども達に懐かれては手伝う他に道はなかったんだと思う。



子どもは嫌いだと普段は言っていたけど、



その時の表情は保育士のように優しいもので、隠していただけなんだと分かった。



結局、最後の最後まで手伝ってくれて、彼は満足そうな表情だった。



まるで、その時の表情と今の表情が重なる・・・・・。



・・・そうだよね。



今年は彼女と回るんだって、男子に話しているのを聞いた。



そうなれば、時間の少ない実行委員がクラスの手伝いには来ないだろうと思ってた。



それなのに、また、土方は手伝ってた。



2年前と同じ。



また、小さな子どもの頑張りを眺めながら手を叩いていた。



2年前までよく見せてくれた笑顔を、今の私が正面から見ることは無くなった。



私が安心できる笑顔は、今は彼が一途に想っている彼女のもの。



でも、少しぐらい、昔に戻らせて・・・・・。



寂しくて、どうしようもないから。



私は背後から、実行委員が被る帽子を取った。



驚きの余り、土方が慌ててこっちを振り向いた。







「相変わらず小さい頭だね」



「煩ぇ。ってか返せ」



「やだ」



伸ばしてくる手を捕まえて、私はサイズを緩めた帽子を被ってしゃがんだ。



被った帽子を手で抑えながら彼を見上げれば、また、悪戯に笑ってくれた。



安心できる、とても暖かい笑顔。






「帽子無いのが先輩に見つかったら怒られるんだけど」



「・・・・・えっ?!」



そんなにこれって必要なものなんだ・・・・・。



やっぱり、返さないといけない・・・・・。



「まぁいいか。



ったく。失くすなよ、それ」



にっと笑う彼に、私は満面の笑みを返した。



「絶対に失くさない!」



「じゃあ、また後で取りにくるからな」



ひらひらと手を振って仕事に戻った彼を、大好きな人と想わずにはいられない。



彼女が出来ても、私は土方しか好きじゃない。



どれだけ一緒にいて楽しい人がいても、



私は、



土方が好きだと言える。



その帽子を被って、私はまた友達と回ることにした。



返す時刻まで、あと1時間。



って思ってたんだけど、実行委員の会議と私のクラブ会議の終わる時間は全く違い、



結局その日のうちに返すことが出来なかった。



どうしようかとメールをすれば、



1度教室に戻ってきた彼は、他の実行委員の誰かの帽子を私が置いていった自分のものだと勘違いをしたらしく、最初の方は怒っていた。



とは言っても、勘違いだと気付いてくれたおかげで優しい彼のメールに変わってほっとした。



『明日7時に持ってこれるか?』



『私にそんなに早く起きろと?』



『何時だったら来てる?』



『9時?』



『じゃあその時に持ってきて』



持って帰ってきた帽子を、私は形を崩さないように机の上に置いた。



思わず笑いがこみ上げてくるのは、どうしてなんだろう?



明日になれば本当に返さなければならない帽子を見て、



もう少し傍にあってほしいと願ってしまう。



でも、ちゃんと返さなければならないから。






私は次の日、9時に帽子を返した。



怒りもせずに、約束どおり失くさずに大事に持っていたことに笑って、彼は仕事に戻った。



後で後輩の実行委員に聞けば、



7時に行われた会議で1人、帽子が無いことを咎められたらしい。



でも、返した時には、そんなことを一言も言わなかった。



ただ、『ありがとう』って言ってくれた。



優しすぎるから、諦められない。



いつも、最後には助けてくれる。



大好きな、暖かい笑顔―――――。



2008.12.12


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